第二十四話 甘い誘惑に毒は隠れ 3
「やぁ」
「うわもういる」
だいぶ失礼な心の声が思わず漏れてしまったのは、待ち合わせ時間までまだあるにも関わらず、準備をバッチリ決め込んだ翠先輩が、キラキラした笑顔でそこに立っていたから。
「ふふ。女の子を待たせるわけにはいけないからね。……ところで」
彼は私のラフにラフを重ねたやる気のない格好を見て、ふんわり甘く微笑んだ。
「妹ちゃん、今日は随分ナチュラルなスタイルなんだね」
「悪いですか」
「ううん。とても似合っているよ。……もしかして、気を許してくれているのかな?」
サブイボ立った。
なんだろう、この。なんだろう、この!
得体の知れない薄気味悪さ!
もしかすると世の女の子たちは、こういう王子様然とした甘いマスクが好きなのかもしれない。
だけど私、そうは思えない。
絶対腹にひとつふたつ以上のどす黒いものを抱えているような男の人、好きになれそうにもない。
せめて、腹に黒いもの抱えているにしても、海みたく一途で、陸みたく分かりやすければ、まだ私の印象はよかった。
「いいえ、決してそんなことはないのでご安心ください」
「つれないね。さて、今日のデートはどこに行こうか」
「オマカセシマス」
早く終われと祈っていれば、自然と片言になるこの口は。
翠先輩はクスリと笑い、「なら、ボクのおすすめプランで」などとほざいた。
(どうでもいいから早く終わってほしい)
気の無い男の人とのデートほど、苦痛なものはない。
彼氏いない暦イコール年齢、ついでに男友達も何故かいない暦イコール年齢の私。
この年になって、デートの楽しさを知る前に、デートの苦痛を先に知った。
「うーん……。それなら、まずは」
ひとつ、指を立てた翠先輩のエスコートで、私はデパートの中にいた。なんでだ。
「ボクとしてはこっちの青色のワンピースが似合うと思うんだけど、妹ちゃんはどの服が好き?」
「適当で」
「ふふふ。それなら、すみません。このワンピースと、これに合うバッグや靴……後、小物も見繕ってください」
かしこまりましたと、翠先輩から商品を受け取った店員さんが、しずしず後ろへ下がっていく。
「なんですか、奢りですか」
「そうだよ」
きっとデートをしている女の子としては0点下がってマイナス評価のセリフを吐く私に、まったく気にしていない様子で翠先輩がさらっと答える。
「どんな格好でも妹ちゃんは素敵だと思うけど、女の子に恥をかかせるわけにはいかないからね」
恥ってなんですか。
翠先輩の意図が見えない気遣いに、私は嫌な予感が止まらない。
「私をどこに連れて行こうって言うんですか」
「ふふふ。そんなことより、お腹空かない?」
「質問の答えとは」
白んだ目を向け警戒心マックスの状況でも、お腹は正直だった。
きゅうくるる。我ながら可愛らしい音を立て、私のお腹は空腹を訴える。
「おやおや」
「空耳ではないですか」
「そういうことにしてあげよう。さぁ、行こう。ランチの予約を取っているんだ」
「卒なさすぎますね」
「ふふ、男は女の子の前だと大抵カッコつけたがるものだからね」
「や、卒なさすぎて逆に怖いです」
全身で引いてみせると、ふふふと笑うのみになった翠先輩。
その心内はやっぱり読めない。
もうすでに疲れた。
内心げんなりしている間に連れてこられたところは、テレビにもよく取り上げられているフレンチ料理店。
知ってる、ここ。高いところだ。
ギョッとして翠先輩を二度見三度見している内に、いつの間にか腰を抱かれて店内へ連れて行かれていた。
「やめません? やめましょう、ここ高いところですよ私でも知ってる」
「ふふ。気にしないで。ここはランチだと安いから」
「ランチメニュー見えたんですけど。数千円かかるランチは安いって言わないんですよ、知ってましたか?」
「ふふふ」
「聞こえてますか?」
意味深な笑い方も、誤魔化すための含み笑いに感じて仕方がない。
ジト目を彼に向けている間に、次々運ばれてくる料理の数々。
私は翠先輩を意識の端へ追いやって、料理に集中することにした。
デート自体は不本意と言えど、美味しい料理に罪はないので。
(あ、美味しい)
お皿にオシャレに盛り付けをされた料理。
そのひとつを口に運ぶ。美味が口に広がる。
「美味しい?」
無心で食べ進めている私に、目を細めた翠先輩。
傍目に見れば愛しい者を見る目と言えるだろうけれど。
生憎私は、事前に瑪瑙先輩の過去を聞いてしまっていたから、この表情を素直に受け止めることはできない。
「テレビで紹介されるだけのことはありますね」
「素直になればいいのに」
……きっと、これが、陸や海、あるいは瑪瑙先輩や友達の前であれば、素直に美味しい! と感嘆の声を上げて、無邪気に笑うことができただろう。
私はツンと鼻先を上向かせ、黙秘権を行使する。
翠先輩の甘いマスクは未だ崩れない。
彼は、実に様になる所作で、上品に食事を食べ進めている。
「そう警戒しないでくれよ。ボクは今日、妹ちゃんとお話がしたくて楽しみにしていたのに」
それは本音かはたまた嘘か。
私はワイングラスに入ったぶどうジュースで喉を潤し、再び机に置く。
音を立てずに戻されたそれは、飲み物に緩く揺らめく波紋を立てて、映る私の輪郭をボヤけさせる。
「……それなら、私からも聞きたいことが」
彼は片眉を上げ、甘さの中に挑戦的な挑発を混ぜ込んだ。
「いいよ。どうぞ」
私はひとつ、深呼吸を。
放たれた言葉は、僅かに震えた。
「どうして、瑪瑙先輩に嫌がらせをするんですか」




