第二十二話 甘い誘惑に毒は隠れ 1
第一期戦闘試験が終了した翌日から、いつも通りの学校生活が始まった。
いつも通りではあるものの、前とは大きく違うところもいくつか。
私は、半数以上がいなくなって、ガランとした教室を見渡す。
あれから、瑪瑙先輩の言う通り、一年次生は大半が学校を辞めていった。
足切りラインにかかった人たちと、自主退学を希望した人たち。
五百人はいたはずなのに、集計発表後は二百人前後まで減っていた。
私はと言えば、何とかこの士官学校に留まることができた。
それもこれも、全てチームメイトの先輩たちのお陰である。
先輩たちは、あの夜が明けた後。
文字通り、死に物狂いで宝探しを始めたらしい。
チームポイントの分配により、私は無事に生かされた。
……ただし、試験終了後に、これでもかとこっ酷く怒られた。
特に日向先輩の怒りは凄まじく、正座をしていた脚が痺れるくらいまで詰められたのを覚えている。
反省はしている。
私を生かすために立てられた計画を、私の勝手で崩してしまったのだから。
でも、それでも後悔はしていない。
例え、これが原因で退学になっていたとしても、後悔は残っても、私の選択を間違えたと思うことは、きっと無かっただろう。
……ひとつ、引っかかることがあるとすれば。
(あまね先輩、ずっと不機嫌なんだよね……)
随分と迷惑をかけたこともあり、怒られるのは致し方ない。と、受け入れている。
だけど、あまね先輩の不機嫌さはずっと続いている。
大分長引く不機嫌さに、私は別の理由があるのかもしれないと思い始めていた。
(……ただ、明らかに避けられているから……)
確認する機会も、謝る機会も全くない。
私は機会を窺いながら、来る日も勉強に励んでいた。
(さて、と。お昼だ)
隣のクラスにいる、陸と海の二人と一緒にお昼ご飯にしよう。
そう思って椅子から腰を浮かした瞬間。
鋭い音を立てて、教室のスライドドアが勢いよく開かれる。
「な! つ!」
大きく一歩ずつ駆けながら、その人は距離を縮めて。
「ちゃぁぁん!」
勢いをそのままに、飛びついてきた。
「……こんにちは、瑪瑙先輩」
「こんちゃー! 朝ぶりだねぇ、夏ちゃん!」
会いたかったぞー!
そんなことを宣う瑪瑙先輩は、あの試験が終わってから、よくこうやって絡みに来るようになった。
その度、同級生どころか上級生にまで、遠巻きにヒソヒソ噂話をされるようになったのも、もう慣れっこになってきた。
無理もない。
聞いた話、今まで一人も取り巻きを作らなかった瑪瑙先輩に、いきなり傍によくいる人間ができたのだから。
その人間はどんな人か。
前回の試験結果はどうか。
見た目や生活態度や小テストなんかの細かい成績は。
私は学内において、一挙一投足を多数の人間から監視されるようになった。
総合順位が五位以内の人物に贔屓にされるということは、それだけ学内では羨望されて然るべきことなのだと、荒太先輩から聞いた。
「お昼まだ? まだだよね! 学食行こーぜー!」
「あっ、瑪瑙先輩、待って」
「もちろん、お兄ちゃんたちも一緒にねん!」
勝手知ったるなんとやら。
慣れた調子で瑪瑙先輩は、私の肩を抱いたまま、隣のクラスへ足を進めた。
「夏ちゃんのお兄ちゃんたちー!」
機嫌よく扉を開いた瑪瑙先輩。
しかしその上機嫌は、見てわかるほどに一気に降下した。
「……なんでアンタがここにいるわけ?」
「おや。ふふ、ボクのお気に入りの子に会いに来てはいけなかったかな?」
あら珍しい。
私はそこにいる人を見て思った。
「翠先輩」
そこには、陸と会話をしている、犬飼翠先輩がいた。
「よ。陸、海」
「よ。助けて」
「無理」
陸の助けを求める視線は、バッサリ無理と断った。
海は海で、聞かぬふりを決め込んで、その場で本を読んでいた。
瑪瑙先輩と翠先輩がバチバチ火花を散らしている横をすり抜けて、私は二人の元へ行く。
先輩たちは……なんかジャンケンしているし、こちらの方に意識を向けていないように見える。
「お昼行こ?」
「この状況でよく言えるな、このマイペース」
「お? 褒めた?」
「脳内お花畑」
海から貶された気がする。
二人は私と違って、撃破による脱落とは無縁の成績を納めていた。
陸は個人ポイント12。チームポイント0。
予測順位は多分四位か五位。
予測者、瑪瑙先輩曰く、チームポイントゼロが痛かったね。とのこと。
対する海は、個人ポイントは2だけれど、チームポイントは群を抜いていたと言う。
バランスの取れたポイント取得で、予測順位は六位か七位。
そして私は。
「空、お前、ほんっと残れてよかったな」
「チームポイントで助かったんだって? ……足切りギリギリだったって聞いたぞ」
私は、今現在残っている一年次生の中では、下から数えたほうが早い成績を納めてしまった。
「こ、ここから巻き返すし」
「戦闘試験のひとつひとつのポイント比重が大きいから、ひとつ落とすと上がってくるのは相当大変だって聞いたぞ?」
大丈夫か?
心配そうに聞いてくる陸に、大丈夫! と虚勢を張るしかない。
「あ、先輩たちお話終わったみたい」
「あれ、喧嘩って言わない?」
海から呆れたツッコミひとつ。
普段通りの笑みを浮かべる翠先輩。
その後ろでひれ伏すように両手を合わせ、全身全霊で謝罪のポーズを取っている瑪瑙先輩の姿に、何だか嫌な予感を感じた。
「妹ちゃん」
翠先輩の甘いマスクに違わない甘ったるい蜂蜜みたいな声に身構える。
「瑪瑙からお許しも貰えたし、今度の休日、ボクとデートをしないかな?」
「夏ちゃん! 本当ごめんねぇ!!」
「へ」
必死の謝罪に重ねて私、一音。固まる。
傍にいる兄二人から、ビシリ、空間の割れる音が聞こえた。




