第二十一話 VS 長兄 3
「――ちゃん。夏ちゃん」
「うっ」
頬をペシペシ叩かれて、意識が覚醒する。
ぼんやりボヤケた視界で必死に辺りを見渡すと、眉を下げた瑪瑙先輩の顔が見えた。
「めの……せ……ぱ……」
「ほい、お水」
「ごはっ」
喉は確かに掠れていたけれど。
それにしても横になっている人間に対して、直接水をねじ込んでくる行いはどうかと思う。
「目、覚めました」
「それはよかった」
視界はハッキリ見えてきたけど、身体はとんと動かない。
重怠いとか、痛いとか、そんなものは一切なくて、ただ固まっている。
きっと金縛りはこういう状態。そう思えるくらいには、指の一本動かすことができなかった。
「なんで」
動けないなー。って生産性のない思考を巡らせていると、瑪瑙先輩が悲しげに顔を歪めて問いかける。
「なんで、こんな無茶をしたんだい、夏ちゃん」
おかしなことを言う。
私は首を傾げることができないから、代わりに二回、瞬きをしてみせた。
「翠先輩は、ぶん殴れましたか」
突拍子もないと言いたげに、目を丸くする瑪瑙先輩。
私は続けて問い返す。
「元々、翠先輩を瑪瑙先輩がぶん殴るための作戦だったじゃないですか」
「でも、翠じゃなかったでしょう」
「確かに本人じゃなかったけど……」
もう一度、瞬き。
「ああすることが、一番、瑪瑙先輩が翠先輩を殴りやすくなるかなって、思ったんです」
「……根拠が薄いね。裏付けもないと、作戦としては不十分……」
「かも知れないですが。私にはそう思えて仕方なかったので。直感に従ってみました」
それで。
私はもう一度彼女に聞く。
「翠先輩は、殴れましたか」
薄らと水の膜が張っている気がする瑪瑙先輩は、その目をぎゅっと力強く瞑った。
「一発頬骨にガツン! よ」
「それは良かった」
「……たしかに、夏ちゃんの言う通り。アイツが夏ちゃんを狙撃している一瞬だけは、隙があったよ。だから、そこをぶん殴った」
「二発目は入れられなかったんですね。残念」
瑪瑙先輩は小さく笑い声を漏らした。
「すぐに逃げられたからねー。ぶん殴って真っ赤になったほっぺた、そのまんまにしてさ」
「私のドッグタグは、どっちが取っていきましたか」
「お兄ちゃんの方、かな」
「陸かー。……ドッグタグ六枚……七枚取るのって、すごいんですか?」
「七枚? すごいねぇ、それ。一年次の翠の記録に迫ってるじゃないのん」
「へぇ、そうなんだ……」
私が押し黙った様子を不思議に思ったのか、瑪瑙先輩が顔を覗き込んでくる。
「もしかして、お兄ちゃんの記録かい?」
「私のドッグタグが枚数換算されるなら」
「やるね、夏ちゃんのお兄ちゃん。個人ポイントでは多分一、二、三のどこかには食い込んでると思うぜぃ」
「しかもあと一日あるから、記録伸ばす可能性だってありますもんね」
私は少しだけ目を閉じる。
差がついて悔しいって思う気持ちと、陸が誇らしい気持ちがせめぎ合っている。
「翠先輩の記録は幾つでしたか」
「……たしかー、三十五、とかだった気がするねぃ」
「全然迫ってないじゃないですか」
思わず目を細めると、先輩はどこか遠くの方に視線を向けた。
「アイツは規格外なのよぅ。一年で十枚取れれば、二年次に総合一位になり得るって言われてるのよねん。だから、夏ちゃんのお兄ちゃん、かなり優秀なとこ行ってんのよ」
「……翠先輩化け物だー」
「そうよん」
いつもの調子が口調に戻ってきた瑪瑙先輩。
彼女はクラゲみたいないつもの口調で、ところで。と前置きする。
「夏ちゃんは、なんでこの作戦をやろうって思ったんだい?」
彼女の目を見る。
月明かりに照らされて琥珀に縁取られるその目を見ながら、私は口を開いた。
「だって、ムカつくじゃないですか。大好きな人を取られるのなんて」
「……それだけ?」
「はい。それだけ。です」
私怨なことは認めよう。
個人的にムカつくから、瑪瑙先輩に協力したことも認めよう。
だって、そうじゃないか。
「私だって、兄二人、取られていいように弄ばれていたら、きっとムカつく通り越して怒り狂います」
瑪瑙先輩が固まった。
固まったまま、目を大きく丸くする先輩に、私はしてやったりとニンマリ笑った。
「動けませんね、これ」
電流が残っているわけではないのに、一切動かない身体で感想を言うと。
「だろー?」
どこか得意げに、瑪瑙先輩がその技術を誇った。
そして彼女は、私を見下ろして安心させるように微笑んだ。
「教官たち呼んだから、直に回収されると思うよ」
「教官?」
「その場に倒れてちゃ危ないだろー? だから、倒した本人、もしくは見つけた人が教官に通報、回収されるって流れなのさー」
手元に通信機器などはないから、近くの補給場所や、緊急用教官待機場所まで赴いて通報をしなくてはならないそうだけれど。
私は元々聞いていた、サバイバルゲームにおけるルール違反行為が、そもそもできないことを知って脱力した。
「元々ゾンビ行為なんてできないじゃないですか」
「そーよー?」
瑪瑙先輩はニンマリ笑う。
まるでいたずらっ子のように。
「あの電撃を浴びて動ける上に、回収係の教官から逃げ切ることができるなら、教官だって一位に躍り出るポイントをあげたいだろうねってね」
動かない身体を地面に沈め、空を見上げて私は大口開けて笑った。
***
【第一期戦闘試験 成績表】
【一年次】
生徒No.171
天嶺空 18歳 女
【成績】
撃破により脱落
【取得ポイント】
個人:0
チーム:――……




