第十九話 VS 長兄 1
「……空か」
ウィッグが落ちた陸は、冷静さを保ちながら対峙する。
それがあまりにも、いつもの陸じゃないように見えて、私は口元を引き攣らせる。
「陸、そんなキャラじゃないでしょ。なに、翠教にでも入信した?」
冗談めかして言う間も、ナイフの向きは陸の方。
陸が構えるナイフの切っ先も、私の顔面を付け狙う。
「ふっ、なんだよ、翠教って」
「あ。いつもの陸だ」
控えめに吐息の笑いをあげる陸は、いつもの知ってる陸だった。
「しゃぁねぇだろ。試験中だろ、今は」
「そりゃそっか」
軽く肩を竦める。
同時に疑問が首をもたげてくる。
「なんで翠先輩の格好してたわけ?」
陸も軽く肩を竦める。
「作戦、だってさ。詳細知らせられなかったけど、こういうことだったわけかよ」
「私のスパイはバレバレだったのね」
「……らしいな」
間合いは縮まない。
軽口を叩く間も、ジリジリ距離感を測り続けている。
「ちゃんとポイント稼げてるの? チームポイント無いって聞いたけど?」
「うわぁ、先輩たちそこまで話してたのかよ……」
「聞いちゃった」
「壁に耳あり障子に目あり、林の中に空いたり。ってか?」
「リズム刻んでいくぅ」
茶化す私の目の前で、陸が首元のチョーカーを見せびらかした。
「ひーふーみー……。……えっ?! 七枚もドッグタグ?!」
「一枚は俺のだから、六人だな」
驚いた。
陸は、彼のチームメイトである先輩たちさえ知らない間に、たくさんポイントを狩っていたらしい。
「……翠先輩指導?」
「そういうことだ。空は先輩たちに何か教わってんのか?」
ポイント、ないみたいだけど。
陸は私の首元を見て首を傾げた。
「まー、色々教えてもらってるけどぉ……」
陸が首に視線を向けた瞬間、私はハンドガンを左手に構える。
「こっちの心配より、自分の心配したら?」
照準を合わせる。
狙う先に少しだけ目を見開く陸の姿。
「死んだら個人ポイントはゼロ。でしょう?」
言うや否や。
私は引き金を引いた。
「それは教えてもらっていたんだ、な!」
半身を避けて弾を躱す陸。
(……動体視力が育ってる?)
ふと、陸の成長の気配を感じる。
もう一度狙いを定めようと眉を寄せる。
「!!」
「のんびり照準合わせてていいのか!」
真正面。陸。
「ぐっ!」
狙われた腹。
身を捩って避けるも、ナイフの柄が腹にめり込む。
二、三歩、よろけるようにして後ろに距離を取る。
だけど陸がその隙を逃すわけがない。
体勢を整える前に距離を詰め、拳が唸る。
「顔は乙女の大事なチャームポイントなんだよ!」
「そりゃ残念だったな!」
顔面を狙うその拳を、クロスした腕でなんとか凌ぐ。
一発一発が重い。
普段の兄妹喧嘩みたいな、多少のおふざけが入った、真剣みのないそれではない。
真剣だ。
真剣に、命を狙う狩人の目をしている。
(だけど、まだ本気じゃない)
一撃が重いし痛いけど、こんなものじゃない。
陸が本当に本気でやり合うのなら、私の腕は、きっと既に粉々に折れているはずだ。
(それか、これも翠先輩の教えかな)
試験だから、他の生徒達を壊すのは良くない。とか?
まだ一年次生の一期目だから、余計な恨みを買うのは駄目だって言われたとか。
……なんて。
(ただの妄想だけど)
けれど、私が付け入るならこの隙しかない。
陸が本気を出していない今なら、私でも勝てる可能性があるはず。
……だけど、本気を出していないっていう隙があっても、油断がない。
取る間合いは踏み出さなければ腕が届かない距離に。
踏み出そうと動けば、私の腕よりリーチの長い拳が、顔面目掛けて飛んでくる。
……近付けない。
(せめて、通せる隙ができれば……!)
隙を探す頭の隅に、ほんの少しの後悔と反省。
いくら、翠先輩の身代わりとして待機させられていた陸の姿を見て、カッとなってしまったとは言え。
(瑪瑙先輩置いてきちゃった)
翠先輩の隙を作る! なんて豪語しておいて、結果はこのザマ。
目的ではない戦闘を始めておいて、苦戦している。
(だけど)
だけど。
自分でも上手く言えないけれど、コレが最善だと思った。
コレが、翠先輩の隙を作ることができる手段だと、何故か信じることができていた。
「ふっ!」
「あっ!」
ひときわ鋭いパンチ。
それは私の手を正確に狙い、衝撃で手に持っていたナイフを取り落とさせた。
「いっつー……」
手が痺れる。とても正確に、痺れるツボみたいなものを攻撃してきた。
正確性と鋭さが身に付いている。
いっそここまで来ると、どんな特訓をしたのかがすごく気になってきた。
(……なんて、考えてる余裕ないけど)
地面に落ちたナイフは遠い。
取りに行けば、それは隙になる。
視線は外さず、ジリジリ後退。
後退した分、陸もジリジリ距離を詰める。
残った左手の銃。
両手で支えて、照準を――。
「だから、遅いんだよ!」
「あぅっ!」
顎骨の右側。鋭い蹴り。
視界が揺れる。脳が揺れる。酔いそう。
(体格が違いすぎる)
地面に伏せそうになる身体を何とか踏ん張って、腕を支えに上体を上げる。
低く姿勢を構えた私の目の前に。
「あ」
陸の靴裏が迫ってくる光景が映った。




