第十八話 昼と夜を内包する人
夜半、人が寝静まる頃。
今日も不寝番は瑪瑙先輩と。
ただしいつもと違うのは、一番最初でも一番最後でもなく、真ん中番ということ。
「おはよぉ、夏ちゃん」
「……はよ、ざいます、瑪瑙先輩……」
寝ぼけ眼を擦ってテントから這い出る。
「中番って……眠いです……ね……」
「おぉーい、寝るな寝るな」
「ぐぅ」
ウトウトして、本格的に寝付こうとした私の脳天に衝撃。
「ぃだっ!」
瑪瑙先輩のチョップが入った。
痛い。
「でも中番って連続で睡眠取れないから眠いんですよ……。日向先輩も荒太先輩もすごいなぁ……」
実のところ、この中番は今日以外、全て日向先輩と荒太先輩の担当だった。
曰く、彼らは慣れているから。
何がと言えば、細切れ睡眠に。
「サーフィン君のところは実家が農家なんだってさぁ。牛さんとか育てる方なぁ。だから、出産で夜中叩き起こされるのは日常茶飯事だったんだと」
瑪瑙先輩がそう言っていたのは、昨日のこと。
目の前に荒太先輩がいたけれど、彼もそのとおりだと同意していた。
曰く、荒太先輩は高齢出産で生まれて来た子供らしく、親はそろそろ高齢者と言える年齢に差し掛かっているのだとか。
「いろんな家庭があるよなぁ」
染み染み呟く瑪瑙先輩は、今、野営場所を抜け出して、私と一緒に移動中。
「瑪瑙先輩のご家庭はどんな感じなんですか?」
今まで聞いた家庭環境、特に日向先輩のそれが予想外にヘビーで、周りの人たちが、みんな重い過去を持っているように思えてきて仕方がなかった。
瑪瑙先輩はキョトンと目を瞬かせた後。
「フツーの家庭だよー?」
あ。誤魔化した。
なんか、そう感じた。
「……あんまり、言いたくなかったやつですか?」
「そういうわけじゃないんだけどぉ。ほんとーに、フッツーの家庭なのさ」
夜道に虫の声は聞こえない。
ただ瑪瑙先輩の語り声が、密やかに落ちるのみ。
「サラリーマンの父さんに、小学校教師の母さん。それから大学生で一人暮らししてる姉さん。で、ウチの四人家族。フツーの家庭よん」
先輩が自分の髪をいじる。
日に焼けて、明るめの色になっている箇所がまばらにあるその髪が、はらり、元の位置に戻る。
「……ただ、ウチの家族みーんな、ちょーっとお硬すぎてなぁ。頭も頑固。……女の子好きって言う価値観は、多分受け入れてくれないと思うんだよね」
寂しそうな横顔が月明かりに浮かぶ。
その横顔は、どこまでも普通の女の子のように見えた。
「……な? いたってフツーの、ドラマの欠片もない家族よん」
だけど、あっという間にいつもの、掴みどころのないクラゲのような先輩が戻ってきた。
「さ、この辺って話だったけど、合ってる?」
先輩は、早々にこの話を切り上げた。
私も敢えて、深追いするのはやめた。
「昼間はこの辺で話してました」
「余計なことはしなかったよねん?」
細められた目の奥で、何かやったでしょ? と問いかけられてるみたい。
「……二人いたんですけど」
「うん」
「それぞれ別行動し始めて……。そのうちの一人が無防備に背中を向けてたんですよ」
「うんうん。それで?」
「……いけるかなって。銃を触ったんです。そしたら」
「気付かれた?」
先回りして言われた図星。
少し詰まって、小さく「はい」。
「そりゃそうよん。伊達に八百の中から生き残ってきたわけじゃないからねん」
むしろそのくらいはできないと、無能。
ハッキリ口に出してぶった切る瑪瑙先輩に、少しだけ血の気が引いた。
二年次生の得体の知れなさと、今後、そこを目指していかなければならない、果てしなさに。
「……ま! ちゃーんとこっちの道が向いていれば、一年もすればしっかり身に着けられる技術だからねん。安心おしよー」
ヘラリ笑う瑪瑙先輩の「安心して」は、全く安心材料にはなり得なかった。
「……あ」
この先の不安に二の腕を擦っていると、聞こえてきた一音。零れた音は瑪瑙先輩のもの。
音の行き先を辿っていくと、その先は急斜面を内包する、ほぼ崖の坂道、その一番端。
坂道を降りていった一番下。こちらに背を向ける男の姿。
澱火を大切に温めているその背中に、黒髪が緩く流れている。
「……翠」
呟く言葉に絡む感情は複雑怪奇。
「……今から、夏ちゃんがアイツの気を引いて……。ウチが殴る。で、いいんよね?」
「……そうです。そのつもり。だったんです」
私の眉間に力が入る。
みるみるうちにしわが寄っていく私の顔。私の目に、不思議そうな顔をした瑪瑙先輩が映る。
「先輩」
「なんね?」
「私、翠先輩キライです」
瑪瑙先輩は、困ったように眉を下げている。
「ウチが嫌ってるからって同調して嫌わないでもいいんのよ?」
「違います」
私は焚き火の前に座る人物を睨みつける。
そこにへ相変わらず、黒髪長髪の人物が、じっと焚き火を眺めている。
私は一言。
「あの人、卑怯だ」
「え、何が」
瑪瑙先輩の言葉を最後まで聞かずに、私は目の前のほぼ崖を転がり落ちるように駆け下りた。
「!!」
焚き火を眺める男の不意を突くことに成功した。
慌てて振り向いた彼の顔面めがけてナイフ一閃。
彼は後方へのバックステップ、後、腰から同じ形のナイフを抜いた。
彼の顔を見る。
やはりとも思わない。
だって、分かるから。
私には、分かるから。
「その頭は重いでしょ?」
一気に距離を詰める。
振り翳されるナイフ。真正面に捉えて、彼の髪の毛を鷲掴みする。
髪が落ちる。
黒くて長い、重量のある髪が地面に。
落ちた髪の内側に、似ても似つかないスポーツ刈りのショートヘア。
箸を持つ方、空の色。
もう半分は、夜の色。
昼と夜を内包する彼の名前を高らかに叫ぶ。
「陸!」
お揃いの空色をした右目で、陸は私を睨みつけた。




