第十六話 命を喰らう 3
足音は立てない。
気配は殺す。
呼吸さえも、今は煩わしい。
じっと待つ。
じっと、待つ。
隣に潜む彼に動き。
緩慢な動作で気取られず、さりとて鈍い動きでもなし。
その瞬間を見極め。今。
「っし! 捕ったぞ!」
驚いたような苦しんだような、小さな獣の鳴き声が目の前に。
人力で縄を引き、獲物を捕らえる簡易罠。
成功率なんて然程高くないと思われたそれを、日向先輩はいとも容易く達成してしまった。
「一年」
未だ暴れるソレを、日向先輩は掴んで突き出す。
私は彼と同じところを掴む。
逃さないように、力強く。
生きるために暴れるソレを、私は地面へ押し付ける。
鋭く光るナイフを一閃。
「ごめんね」
謝る私が映る真っ黒な宝石のような瞳の輝きが、ダクダク流れる血流と共に色を失っていった。
「……やったじゃん夏ちゃん!!」
「ぐぇ」
背後から飛びかかられて、身体が前方に折れ曲がった拍子に腹部を圧迫する。
カエルの潰れた声が出た。
「どーよお花ちゃん。夏ちゃんの腕前はぁ?」
ドヤ顔を浮かべて日向先輩を見る瑪瑙先輩。
釣られて彼を見る私の目の前で、ウサギを観察していた日向先輩は。
「絞めが甘い。十点」
「ゔぅゔ!」
思わず威嚇しちゃった。
そんな私を鼻で笑い、彼はふい、と視線を背けた。
「昨日はゼロ点だった」
「ゔ?」
威嚇の声で疑問の一音。
面白そうにニヤニヤ笑いながら、瑪瑙先輩がよく通る声で意味のない耳打ち。
「成長してるねって言ってんのよん」
「は」
ツンデレすぎませんか?
日向先輩の意外な一面に言葉を失っていると、先輩の怒鳴り声。
「五月蝿ぇ瑪瑙! おい、一年!」
「はいっ?!」
怒りの矛先か、突然の指名に咄嗟に背筋が伸びる。
「獣の捌き方教えてやる。来い!」
「〜〜っ!!」
込み上がる、言いようのないムズムズ感。
叫びだしたくなる歓喜の波が胸に溜まって、堪らず走り出す。
「はいっ! よろしくお願いします!」
日向先輩の背中を追ったその日から、私の周りが変化した。
特に分かりやすい変化と言えば、先輩たちが様々な技を、事あるごとに教えてくれるようになった。
「空さん、罠の掛け方教えてあげようか?」
「は、はい! お願いします!」
荒太先輩が罠の掛け方を教えてくれる時もあった。
原始的なものから、文明の利器に頼って作られるから、今は使えないものまで、様々な罠の種類を叩き込まれた。
地面に仕込まれた縄罠に引っかかって、吊り上げられたこともあった。不覚。
「あの宝箱は開けられてる。あれは開けられてない。たまにこういう登りにくい木の上に……。ほら、あった」
「どうやって判別してるんですか? シールが貼ってるわけでもないのに」
「よーく見ると分かるんだよ。例えばあれは、ツマミタイプのカギが開いてるでしょ? そういうとこ」
「一瞬で判断するのきつすぎますって……」
あまね先輩が宝箱の中身の有無を教えてくれることもあった。
先輩は、通りすがった横目で確認をしているという。
脅威の動体視力に驚愕。
「慣れればできる。がんばれ」
ホントかなぁ?
「あの木の皮はダメだねん。硬くてさぁ……。あっ。この木の皮は比較的柔らかいのよん」
「木の皮……?」
瑪瑙先輩は、木の皮の硬度を語り始めた。
かと思えば。
「何してるんですか?!」
「ん? 茹でてるんね」
「見れば分かります! 何を茹でてるんですか?!」
「木の皮」
「木の皮ぁ?!」
何故か木の皮を茹でていた。
「食べやすい木の皮を覚えておけばさぁ、お腹空いても飢えは凌げるじゃんのう?」
ゆるーい口調でゆるーく笑って、ゆるーく口元に持ってこられたコレは全然緩くない。
「はい、あーん」
「ゔ」
躊躇う姿勢を一瞬見せると、瑪瑙先輩は。
「おりゃ」
無理矢理突っ込んできた。
口に。スプーンを。
先輩たちが木を削って作ったスプーンから、きっと食べることを想定されていない物体が流し込まれる。
「ゔんぶぶぶぶぶ」
「ね。不味いよね」
分かるぅ。なんて言う先輩の声はやっぱり緩い。
私のお口は緩くない。
硬いし。木の美味しくはない匂いが広がるし。ゴワゴワしてるし、命の危機を覚える味をしている。
荒太先輩が動揺した風に手を挙げる。
「食えるのって一番内側じゃなかったか?」
同意をするあまね先輩。
「外皮は消化できないんじゃ……」
驚愕と何てものを食わせてくれてるんだという気持ちを込めて、私。
「ゔんぶ?!」
キョトンとする瑪瑙先輩は相変わらずに。
「え? そーなの?」
「だめだコイツ胃袋までバケモンだ」
日向先輩が打つ手無しとばかりに首を振った。
無事かなぁ……。私の身体。
日向先輩は、実はとても料理が上手いという事実を、瑪瑙先輩から聞かされた。
だからなのか、料理当番の大半を日向先輩が、担うことが多いことに気が付いた。
その発見があったその日、日向先輩が野営料理を教えてくれると言ってくれたのだけど……。
「ごらぁぁあぁぁぁっ! 一年!!」
「すみません!」
「んっでこうなるんだよ!! お前ちゃんと手順守ったか?!」
「すみません!!」
料理の進捗を確認に来た瑪瑙先輩が、珍しくドン引きしている。
「わぁ。夏ちゃんが作ったお鍋が魔女のお薬みたいに……」
「もうてめぇは食材触るな!!」
すごくキレてる日向先輩。
「す、す、す……」
青筋立てて怒鳴り散らして、今にも血管切れてしまいそうな彼を前に。
「すいませんでしたぁぁぁぁぁっ!!」
私は全身全霊の土下座を披露した。




