第十二話 虫もまだ眠らない頃に 2
ひと悶着あった瑪瑙先輩大暴れ事件。
あれから何時間も経って、ようやく彼女の機嫌は落ち着いてきた。
現在、夜の恐らく八時とか九時とか。
時計がないから詳しい時間は分からない。
だけど、日向先輩から、星を見て大体の時間を推測する方法を教えてもらった。
(日向先輩、すみません。ずっと星を見ていたから、ただのロマンチストだと思ってました)
夕飯は、瑪瑙先輩と荒太先輩が、補給ポイントで武器と一緒にもらってきた携行食で済ませ、私と瑪瑙先輩以外は早々に眠りに就いた。
私たちが起きているのは、いわゆる不寝番というやつだ。
三回に分けた当番制。今は私たち。深夜は荒太先輩と日向先輩。早朝にあまね先輩と、もう一度瑪瑙先輩が入ることになっている。
瑪瑙先輩の負担が大きくないかと聞いても、彼女は笑って誤魔化すばかり。
本人曰く、ショートスリーパーらしい。
焚き火の音が静かに聞こえてくる。
近くに他のチームはいないようで、テントから先輩達の寝息と、それから虫の声が聞こえるだけの穏やかな時間。
そっと額に手を添える。
夜になるのに額が未だ痺れてる気がする。
事故であるとはいえ、瑪瑙先輩のお胸ダイブインを果たした私は、彼女のデコピンを喰らった。
デコピンだとは思えない衝撃で、首がもげたかと思った。痛かった。
「ごめんよぉ、夏ちゃぁん。まだ痛い? 痛いよなぁ。オデコ真っ赤だもんなぁ、ごめぇん」
緩い口調が戻ってきた瑪瑙先輩が、しきりにおでこを擦ってくる。
余計に熱を持つ気がする。できればやめてほしい。
いきなりのダイブインで、日向先輩は間抜けに口を開けていたし、荒太先輩は言葉も出ずに固まっていた。
原因となったあまね先輩は、こっちを指差して大爆笑していた。許さない。
心配そうに顔を覗き込んでくる瑪瑙先輩。
近付いてくると、意図せず当たる膨らみ。
そっと体を反らして離した。ちょっとショックを受けたような顔された。
ふんわり柔らかな感覚が残っている。
視線を下に、体を見下ろす。
ストンとしたラインが見えて、真顔になる。
……私には一生手に入らないものだ。
悲しき貧乳から視線を逸らし、瑪瑙先輩へ問題ないことを伝える。
「痛みは大分無くなってきましたので、問題ありません」
「でもまだ真っ赤じゃーん……。ごめんなぁ。ウチ、目の前に迫ってくるものは脊髄反射で攻撃しちまうもんでぇ」
おお。軍人らしい。
そんな自然派攻撃マシーンの一面を持つ瑪瑙先輩と、他愛のない話をひとつ、ふたつ、みっつ。
やがて、他愛なく話せる話題も尽きる頃。
炎を見ながら瑪瑙先輩は、ポツリと小さく呟いた。
「アイツに会ったって聞いたよ」
恐らく、翠先輩のこと。
「隠れてましたけどね」
正面から出逢えば、成す術なくやられていたに違いない。
そう言えば、苦笑のように顔を歪める瑪瑙先輩。
「よく見つからずに済んだね」
「あー……。実は」
ことのあらましを説明する。
最初はウンウン頷いていただけの瑪瑙先輩も、話が終盤になるに連れ、焦りと驚愕に彩られていく。
そして話し終えるとすぐ、眠る先輩たちの睡眠を妨げないような音量で、器用に叫んだ。
「見つかったぁ?!」
「だけど、なんか見逃されました」
「え。あの殺戮マシーンが? めずらし」
興奮したような口調から、一気にトーンダウンする。
それだけ、翠先輩の行動が、瑪瑙先輩にとっては異常に映ったのかもしれない。
「アビオの言葉で、またねって、言ってました」
「夏ちゃん、アビオ公国の言葉、分かるのん?」
「はい。アビオ以外にもいくつか……」
「すごいねぇ! 夏ちゃん才女! ……でも」
瑪瑙先輩の目に、剣呑とした光が灯る。
「気付いてるね。確実に」
私も頷き同意する。
「草むらに伏せていたのに、合った気がしたんです。目」
「アイツ、視界に入っていないものを見つけ出すのうまいんだよねん」
褒める口調で、憎々しげに歪む表情。
なぜそんなに嫌っているのか。
聞きたい気持ちと、踏み込んではいけない気持ちが同居して、出てきた疑問は別のこと。
「先輩、カッコウって呼んでますけど……。学校だと翠って呼んでましたよね?」
しばしの無言。
ようやく己の言動に思い当たりを見つけたのか、「あぁ」と言いながら、彼女はヒラヒラ手を振った。
「普段のアイツは翠でいーの。だけど戦闘の時のアイツは……カッコウになるの。だからカッコウくんって呼んでるの」
相変わらず、あだ名の名付けセンスが独特すぎる。
「なんでカッコウなんですか?」
聞いてみた。
瑪瑙先輩の名付けセンスは兎も角、彼女の考え方を知りたくて。
先輩は、ボヤく響きを持って、彼のことを話し出す。
「アイツの性質が、えげつなくてね。会ったとき、何か感じなかった?」
「宗教みたいだな、って」
「あっは! 宗教! 言い得て妙!」
素直に話せば、途端笑い出す瑪瑙先輩。
しかしその時間も長くは続かず、彼女は途端に真面目な顔になる。
「アイツは、自分の魅力や魅せ方を分かってる。分かっていて、人間の弱みに付け込んで、信者増やして、自分の手を汚さずに目的を達成する。そんな手段を取ってくる男なんだ」
「犬飼翠先輩個人の実力ではなく?」
「実力は底知らず。他を圧倒するくらいの力があるはずなのに、自分より下の立場にいる人らを使って作戦を遂行する」
ムカつくくらい、上の立場に向いてる男だよ。なんて、瑪瑙先輩は吐き捨てた。
その横顔に何も言えずにいると、急に笑みを浮かべた顔をこちらへ向けてくる。
「ねぇ、夏ちゃん」
「は、はい」
「カッコウって、托卵するの。知ってる?」
「いきなりどうしたんですか」
突然、生物の授業が始まったかと思った。
思わず飛び出たツッコミに、瑪瑙先輩は目を細め、唇がゆったりと動いた。
「自分の労力を使わないで目的を達成するの、似てない? だから、カッコウ」
翠先輩のあだ名の由来。
なんともぴったりだ。そう思ってしまったのは内緒にしておこうと思う。
「因縁の相手って聞きました」
「うん」
「何があったんですか?」
瑪瑙先輩は困ったように眉を下げ、それでも笑みは浮かんだまま。
「うーん……。恋敵?」
「はぇ?」
理解が追い付かずに目が点に。
彼女はそれが当然と言いたげに、自然な声音で告白した。
「ウチ、同性愛者ってやつなんだぁ」




