第十一話 虫もまだ眠らない頃に 1
先輩たちが拠点と定めた場所へ、隠れながら歩みを進め、ようやく辿り着いた。
(荒らされていない。ここには誰も来ていないのかな)
ホッと一安心。
けれどまだ、油断はできない。
よく人目につきそうな比較的開けた場所を避け、木の根元に同化する気持ちを込めて、ピッタリ木の陰に張り付きしゃがむ。
(あ、足跡)
足跡が残ると、どんな人が、どれくらい前にそこにいたのかを推察されそうだと、ふと思った。
(消しとこ)
近くの土を寄せて、散らして、また寄せて。
足跡が見えなくなるくらいまで地面を均した後、足跡を付けないように脚を投げ出して、地面にペタンと座り込んだ。
(先輩たち、無事かな)
きっと無事だと思い込もうにも、どうにも拭えぬ不安がポツリ。
多分、翠先輩たちが向かった戦闘の音は、きっと瑪瑙先輩たちの方。
そちらの方に向かった彼を、心底恐ろしいと感じてしまった。
得体の知れない生物。掴み所が無いどころではない。本能的に、根源的に感じる恐怖。
彼がどういう生き物なのかが分からない。だから怖い。恐ろしい。
(そもそも、どうして私が分かった? 草むらに隠れていたし、きっと向こうから姿は見えていなかったはず)
だけど、ピンポイントであの言葉を話し出した。
(偶然?)
そんなはずはない。
あれは確実に、あそこに私がいると分かっての言葉だった。
考えれば考えるほど、底なし沼にハマっていく心地がする。
(……日が沈むまで待とう。待って、帰ってこなかったら探しに)
行こう。
そう考えた途端、木にもたれた背中側から、草をかき分ける足音が。
(!!)
身構える。
音を立てないように、動作はゆっくり。
腰からハンドガンを抜き取り、両手に構える。
いざとなれば引き金を引けるように、安全装置を外す。
ゆっくりゆっくり木の陰から覗き見る。
そこには。
「あまね先輩!」
「うわびっくりしたぁ! えっ? 空ちゃんそこにいたの?!」
気付かなかったぁ、と、幽霊に出会ったと思ったら実は人間だった時くらいの安堵を見せるあまね先輩に、少しだけ申し訳なく思いながらも。
「皆さんご無事ですか?!」
きっと私の顔は鬼気迫る表情をしている。
証拠に、あまね先輩は体ごと後ろに引いて、どうどう落ち着けようとしてくる。
「落ち着いて。どうしたの?」
「さっき、カッコウ……犬飼翠先輩たちのチームがそっちに向かうのを見て」
「は?! 犬飼とエンカした?!」
先程までの落ち着きようは何処へ。
両肩を勢いよく掴んでくるあまね先輩の目は大きく見開かれている。
「大丈夫だった?! 何もされてない? なんか嫌なこと言われたとかも?」
「無いです、無いです!」
「ほんとに?」
じっと見つめ合うことしばらく。
私の言葉に嘘がないことを見たあまね先輩は、大きなため息とともに大きく肩を落とした。
「よ、かったねえぇぇ……!」
「あの、犬飼翠先輩はそんなに、その……」
「言いたいことは分かる。ヤバイよ、アイツ」
眉をしかめるあまね先輩の眉間に薄くしわが寄っている。
「伊達に一番張ってないよ。アイツ、人間じゃない」
まさかと茶化せる雰囲気でもない。
あまね先輩の顔に、未知の化け物に遭遇したような怯えが入っていたから。
「絶対に隠れてた、絶対に気配は消してた。そんな状況なのに、アイツはいとも容易くこっちを見つけてくるし……」
何より、容赦がない。あまね先輩はそう言った。
「敵と見るや、速攻で潰そうとしてくる。どんな手を使っても。しかも、アイツの厄介なところがさ……」
出てくる、出てくる。無限に愚痴のようなヤバいとこ。
マシンガンのように繰り出されるそれを、私はただ、ポカンと聞いているしか無かった。
そして彼女が、翠先輩の厄介なところを語りだそうとした瞬間。
「ゔあーっ!! アイツムカつくううぅぁぁぁぁ!!」
聞いたことのない荒れ具合。
瑪瑙先輩が帰還した。
……両脇を、日向先輩と荒太先輩に取り押さえられながら。
「どしたの」
あまね先輩も真顔で呆れるレベルの宇宙人が来た。
「いやぁ、コイツがさぁ……」
荒太先輩が、ビッタンビッタン活きのいい魚のように暴れる瑪瑙先輩を頑張って抑えながら、状況説明をしようと頑張ってくれている。
「放せえぇぇぇぇぇ! ゔおおぉぉぉおぁぁあぁあああ!!」
「暴れんな!」
日向先輩大分キツそう。
「ウチは! アイツに! 一発入れてやらなきゃ! 気が済まないんよ!!」
「落ち着け今は試験中!!」
あ。荒太先輩、肘鉄鳩尾入った。痛そう。
「途中でさぁ、犬飼に会ったのよ」
呆れたようなあまね先輩の言葉。
「それであんなになるんですか?」
「因縁の相手で、相当嫌っているからね。瑪瑙ちゃんは犬飼のこと」
「……仲間に肘鉄喰らわせるほど?」
あ。日向先輩、顎に入った。痛そう。
「……よし。空ちゃん! 行ってきて!」
「えぇ?!」
「新人なら無体を働かない! って信じよう!」
「私はそんな根拠の薄い作戦に投入されるんですか?!」
いいから行って来いと強く押された背中。
前のめりに転びそうになって……。
「ぅわっぷ」
……私は、瑪瑙先輩の豊かなお胸に包まれることになった。




