第十話 試験、即ちサバイバル 3
カッコウくん、もとい犬飼翠先輩が補給ポイントにいる気がすると口に出した瑪瑙先輩の勘により、私たちは補給ポイントとは真逆の方向に歩いていた。
「意外とお宝は、その辺に無造作に置かれてる場合もあるでねん。見逃さないようにお目々はお皿の形よ夏ちゃん」
緊張を紛らわせるためなのか、それともいつも通りなのか分からない緩い口調で、瑪瑙先輩は指を二本使い、目を大きく開いた。
「あっ、あれ……」
そんな会話をしたからだろうか。
私は道の端の草むらに、木箱らしい何かを見つけた。
「おぉおー! 夏ちゃんすごいすごい! さっそく見つけちゃうんだ、えらいぞー!」
「わわっ!」
感極まってハグをして、頭をぐしゃぐしゃに撫でてくる瑪瑙先輩。
その動作に悪い気は起きない。
同時に、あれ? と疑念ひとつ。
「なんで、誰も取りに行かないんですか?」
瑪瑙先輩はにんまり笑みを浮かべる。
冷や汗を誘発するような、嫌な笑み。
「あれが空っぽだって、みんなわかっているからさ」
「え……」
何か目印でもあるんですか。
そう問いかけを口にしようとしたその時。
「伏せろ!」
荒太先輩、鋭い声。
自身の意志でしゃがもうとした所を、さらに上から押さえつけられる。
そのお陰で、思った以上に早く、地面に腹這いに伏せることができた。心の中で瑪瑙先輩に感謝する。
感謝をしたのは、腹這いに伏せた瞬間、私の頭、そのスレッスレを、何か素早くて硬質な玉のようなものがすり抜けていったから。
バチバチ迸る音を立てて、髪の数本をチリチリに焼きながら、それは地面に着弾する。
「始まったねん」
緩い声。油断は一片も見つからない。
伏せた目を上げた先に人影。木の陰に隠れたそれらは、命を刈り取らんと銃口をこちらへ向けてくる。
「じゃ。作戦通りに」
簡単に吐いた一言。
空気が変わる。
肌が痺れて麻痺するような緊張感。
火傷をしたと錯覚する、体温の上昇。
早鐘の如く鳴り響く心臓の音なんて、きっと敵に聞こえている。
なのに。
静かだった。
騒音の塊のような人間を抑えつける瑪瑙先輩は。
ひどく、静かに待っていた。
その時を。
「おおぉぉぉぉぉぉおおおっ!!」
咆哮。
一体どこから。
「サーフィンくん、いっけー!」
荒太先輩。荒太先輩の咆哮だ。
野生動物の戦闘前と言われても納得してしまえるほどの、聞く者を震え上がらせる咆哮を上げる荒太先輩。
彼は、びっくりして一瞬だけ動きの止まった敵陣に、弾丸もかくやと突っ込んでいく。
(特攻作戦?!)
まさかそんな無茶苦茶な動きをするとは思ってなかった私は、不意を突かれて思考が止まる。
しかし、瑪瑙先輩から強く背中を叩かれ、強制的に戻って来る。
「夏ちゃんの逃げる隙を作ってるだけ。早く!」
飛び跳ねる。
後方に飛び上がって、一気に敵陣と距離を取る。
「……っ! ご武運を!」
「あいよぉ!」
彼らに背を向け、走る。元来た道を走る、走る、走る。
私が逃げて居なくなれば、荒太先輩は特攻から守備へ切り替えるだろう。
無茶な戦闘をしないで、撤退戦でも始めるはずだ。
だって瑪瑙先輩がそう言ってたから。
あぁ、もう。
(悔しいなぁ!!)
少しも力になれないことが、これほど私を苛立たせる!
作戦だって分かってる。
瑪瑙先輩の厚意だって分かってる。
それでも、感情は追いついてこなかった。
「!!」
前方から足音。複数。
咄嗟に道脇の草むらへ。
小高く生い茂った草の中に身を潜め、音を立てないように。なるべく動きを出さないように、手で口と鼻周りを覆い、息を潜めた。
(あれは)
草の中から見上げる世界に見慣れた姿が一人。
それから見知った姿も……一人。
(陸と……。翠先輩)
彼らの肩にはライフル銃。
統一された軍のように、バリエーションの少ないお揃いの道具。
「んー……。向こうで戦闘音が聞こえるね」
翠先輩は、穏やかな口調で、私が走ってきた道の先を見る。
「さっきこの辺で音しませんでしたか?」
「向こうの音がそれに聞こえたのかもよ。少し交ざってこようか」
「翠様、嫌な癖が出てますよ」
「ふふふ。やだな。ボクがそうあれと望んでいるのに?」
傲慢にも聞こえるセリフを、自然体で吐き出す翠先輩に、側近とも言える雰囲気を持った、たぶん先輩。
彼が仕方ないと言いたげにため息を吐く。
「……翠様の仰せのとおりに」
「ふふ。相変わらず黒は有能だね。褒めてあげよう」
満更でもなさそうな、恐縮です。のセリフとともに、彼らの足音が揃って前方へ向かおうとする音が聞こえてきた。
【また会おうね。かわいいハツカネズミちゃん】
ビクッと跳ねそうになる身体をすんでの所で抑えきる。
まさか、こんな所で、お世話になった大学教授、アルス教授の母国、アビオ公国の言葉が聞こえるなんて。
「……? 翠様、今、なんて仰いましたか?」
「ふふ。なんだと思う?」
「さぁ……?」
彼のチームメイトは、翠先輩の言ったことが誰にも分からないようで、少しざわつきながら歩いていく。
恐る恐る視線を上げると――。
(ひっ)
漏れそうになる悲鳴を必死に噛み殺した。
間違えて舌も噛んでしまい、口の中に血の味が広がる。
だけどそんなことも気にならないくらいの衝撃。恐怖。
翠先輩と、視線が合った。
にんまり三日月に歪む彼の目は、確実にこちらを見ている。
きっと、視線が合ったことにも気付かれていると思えるほどの雰囲気に呑まれそうになる。
ま・た・ね。
三日月を浮かべた彼の唇が、ゆっくり三文字を形作り、何事もなかったかのように背を向けた。
私はしばらく固まっていた。
衝撃が強すぎて、身体が動かない。
ようやく動けるようになったのは、彼らの背中が見えなくなって、大体五分くらいのことだと思う。
硬直が解けて立ち上がった私は、一言。
「宗教みたい」
そう、見えない背中に吐き捨てた。




