第八話 試験、即ちサバイバル 1
さらに黙々と歩き続けて、立ち止まったのは敷地の端。
真っ赤なカラーテープ一本で行く手を阻むそこに、続々と人が集まってきた。
(あ、海)
隣を五人くらい数えた向こう側に、伸びた髪をひとつに括った海がいる。
今は隣にいる、おそらくチームメイトの男の人と仲良さそうに話してる。
(ちょっとジェラ)
陸も何処かにいるはずだけど、私のところからは見えなかった。
同じチームに女子がいたら、きっとその子にロックオンされているに違いない。
「いよいよね」
「はい。あまね先輩。ここから先って……」
「うん。森だね」
言いたいことは分かっていると言いたげに微笑むあまね先輩。
「アタシも驚いたなぁ。……あのね、空ちゃん」
「はい」
「ここから先の森。ぜーんぶ学校の敷地」
「……は」
校庭だけでも規格外に大きいと思っていたのに。
まだ敷地があるというのか。
言葉なく驚いていると、あまね先輩の顔が引き締まった。
冷や汗も一筋流れている気がするが、その目は強い光を放っている。
「覚悟しときなよ。アタシたちはここで、一週間生き延びなきゃいけない」
「一週間」
教官の手助けなく。
補給ポイントはあるものの、常に食料や水が手に入るとは限らない環境で。
「……ま、一週間程度なら食べなくっても生きられるよ。水さえ確保できてれば」
「そうですね。……実際死ぬことはないですもんね」
私が覚悟を決めつつ呟くと、あまね先輩はスッと目を細めた。
「死ぬことはない、ねぇ……」
意味深な一言。
真意を聞こうと首を上げた瞬間。
『試験開始まで残り三十秒。開始後、立ち止まること無いよう先頭生徒から速やかに進んでください。繰り返します。試験開始まで――』
アナウンスが大きく響く。
周囲の雰囲気が、一気にヒリついた。
「……じゃ。また後でね。空ちゃん」
頭を軽くポンと撫でられた。
少しだけ乱れた頭頂部を押さえる。
『試験開始まで。三、二、一』
零。
静かなカウントダウンの終わり。
目の前でテープが落ちる。
誰かが切った。
「……行くよ」
「……はい」
緊張で強張るあまね先輩の、その背中を追って森の中へと踏み込んだ。
たくさんの人が流れていく方向とは別の方向へ、チームの先輩は歩いていく。
チラホラと、同じような行動をしているチームが見えたことが気になった。
「作戦は聞いた?」
「来る途中に」
「なら話は早い。置いてかれないように、ねっ!」
私の肯定を聞いたあまね先輩。
一回大きく伸びをして、瞬間。
「は……っ」
(はっや!)
一瞬で距離を離される。
まるで身体にバネを仕込んでいるように、一瞬で飛んでいった彼女の背中を、慌てて追いかける。
「おっ! 着いてきてるね! すごいじゃん空ちゃん!」
「体力オバケ! な! 兄がっ! いるものでっ!」
ついでに入学試験対策でめいいっぱい扱かれたもので!
「あはははっ! いいお兄ちゃんがいるねぇ!」
「はいっ! 自慢の兄たちです!」
一歩一歩が大きくて、着いて行こうとするとあまね先輩よりも多くの歩数を使わなければならない。
それがどうも、始まってから今までで一番体力を削ってくる。
「そろそろヘバッたかー?」
「ま、さか!」
「いい気勢。ならペースアップしても着いてこれるね!」
面白がる声音で、とても軽い調子で、あまね先輩はさらにペースを上げてくる。
(どれだけスピード上がるのこの人!)
もしかすると、瞬発的なスピードで勝負するなら、陸よりも速いかもしれない。
体力面についてはわからないけど。
「そろそろ着くよー! がんばれ、がんばれ!」
声援を送れるほど余裕がある。
私は着いていくのに必死なのに、こんな余裕を作るだけの体力を、どうやって身に着けたのか。
多分授業だけだと身に着かない。相当な努力を裏で積み重ねてきたことが容易に分かる。
「こっちこっち! みんなもう着いてるよ!」
「はぁっ……! はぁっ……!」
ひぃひぃ言いながらあまね先輩の背中にようやく追いつく。
足がもつれて転びそうになる体を、彼女は軽々支えた。
「はいおつかれー。よく着いてきたね。少しは迷子になるかと思ってた!」
「夏ちゃんは根性のある子なんだよねん。がんばた、がんばた。織姫ちゃんも、引率ありがとねん。ちょっと休憩しようぜぃ」
チームの先輩たちが集まっているのは、木に囲まれたスペース。
細い川が流れていて、空気が澄んでいるように感じる空間に、先輩たちは各々座っている。
「今日は何もなかったら、ここで一晩過ごすぜぃ」
「明日はまた移動するから、今日はゆっくり体を休めるフェーズ」
飲む? と荒太先輩から手渡されたのはペットボトル。
「これ、補給ポイントで?」
「ううん。襲ってきたやつらがいたから、返り討ちにしたらそいつらが持ってた」
いやー、今年の一年は血気盛んだね。
楽しそうに話す彼の首元に、ドッグタグが四枚ぶら下がっている。
「一年だったんですか?」
「分からないけど。あそこまで向こう見ずなやつは、二年になる前に大体消えるからね」
向こう見ずで残れるのは、化け物だけだよ。
彼はなぜか瑪瑙先輩を見て、そんなことをボヤいた。
「……さ! 拠点作るか!」
「夏ちゃんは向こうで、枯れ枝拾ってきてくれんかね?」
「枯れ枝ですね」
「そー。生木だと火が付きにくいでね。……お花ちゃーん!」
「あんだよ!!」
「護衛で夏ちゃんについて行っておーくれ!」
「ちっ!」
舌打ちした。
舌打ちされた。
お花先輩の威圧にビビっていると、乱暴に頭の後ろを掻きながら、のしのし熊の足取りで彼は正面にやって来た。
「……よう、一年」
「……よろしくお願いします。……お花先輩」
「お花じゃねぇよ!! さっそく影響されやがって!」
がぁっと叫ばれ身を竦める。
先輩は一瞬叫ぶとすぐに落ち着きを取り戻し、「行くぞ」と私に声をかけた。
彼がのしのし走っていくけれど、さっきまでの全力疾走に比べれば、随分と着いていきやすい。
彼は隣を走る私にチラッと視線を寄越した。
「……その顔じゃ、早速絞られたみたいだな」
「あまね先輩のことですか?」
「ちげぇよ。瑪瑙の奴にだよ」
そこまでしっかり顔に出ていた自覚はないから、図星を突かれて少し驚いた。
「別に。絞られてません。教えてもらっただけです」
彼は、ハッと鼻で笑う。
「自分の立ち位置っていう現実を突きつけられたんだろ? 過大な自信をへし折られて。それを絞られたっつうんだよ」
「自信過剰になっていたわけではないです」
「そう言うやつは、大抵自信過剰なんだよ。なんだ、その目。何もできないことの苛立ちかぁ?」
図星だった。
多少なりとも、自分の力を発揮できる場所があるかと思っていた。
突きつけられた現実は、お荷物。
何もできない卵のままの。
「……苛立ってます。悔しいです」
「そう思うんなら、一日でも長く生き延びるこったな」
突き放すように言われた言葉は、多分この先輩なりの激励。
そう思えば、イラッとすることもない。私は思い込んだ。
「……お花先輩、そろそろ手一杯です。枯れ木」
「お花先輩じゃねぇって言ってるだろ!」
「だって、私、先輩の名前知りませんもん」
私の返答。
お花先輩は頭を抱えた。
「じゃあ、名前で呼ぶのでお花先輩の名前を教えてください。何ですか」
懊悩している。
言うべきか言わざるべきか、大きく頭を仰け反らせながら呻いてる。
「……ぃ」
「はい?」
「日向! 葵! 女みてぇな名前だから言うのも嫌だったんだよ!!」
再び瞬間的に叫ばれる。
私はぱちくり、目を瞬かせた。
本人曰く、可愛い名前だったから名乗らなかった。
だけど、特段おかしな名前でもないと私は思った。
「いい名前じゃないですか」
だから、嘘偽りなく彼に告げると、彼は苦い顔に恥ずかしさを浮かべて、ボヤくように吐き捨てた。
「くっそ。せめて名前は呼ぶなよ」
「わかりました。日向先輩とお呼びしますね」
「そうしろ、そうしろ」
彼は元の場所に戻るべく、踵を返して背中を向ける。
私はと言えば、名前を聞いて尚、瑪瑙先輩のあだ名を付ける法則が分からなくて、彼の名前をブツブツ呟く。
「日向、葵、日向葵……。ああ」
そうしてひとつ、ようやく名付けの法則を見つけた。
「お花ちゃんだ」




