第二話 まだ静まった校舎内 1
今日は試験日とは言え、開始時間までは自由にしていてもいいと教官からのお達しがある。
私は時間潰しに校舎内をふらっと歩いて回る。
校舎内を少し歩くだけでわかる。
(この学校は異様だ)
たくさん教室が並ぶ廊下。
教室には一室一室に名前がつけられていて、学科の名前が書かれている他、モニター室やシミュレーション室といった、高校では見たことのない部屋も備えられている。
外の敷地に建てられているのも、体育館ではなくメンテナンス工場。
何のメンテナンスかと言えば、戦闘機器。
授業で使う陸海空、それぞれの戦闘機器を、生徒たちが自らメンテナンス、および修理を行う工場が備えられている。
運動場も、他の学校に比べても、随分と広大に取られている。
戦闘機も飛行機も、いくらでも乗り回すことができる広さ。
……一番異質なことは、今の廊下は人が少なく、落ち着いていてよく分からないけれど、人が多いときには如実に分かる。
高校までとは比べものにならない、激しいカースト制。
カースト順位が高い生徒の周りに取り巻きが集い、あまり関わりの深くない生徒は彼らの道を妨げないよう、廊下の端へと避けていく。
まさに現在のモーセ。
そのカーストを構築するものは、見た目ではない。
性格でもない。人気度でもない。
成績。それがすべて。
しかもこの成績は、ただテストで満点を取ればいいというものではない。
年に三回ある戦闘試験。筆記のみの期末テスト。
各学科で行われる小テストの結果を積み上げたもの。
年に一回のみの、総合能力試験。
それらすべてを加算し、総合順位が決まっていく。
この学校のカースト制は、総合順位が高い順に形成されている。
つまりは、卒業後配属される自衛軍の中で、一番出世の可能性がある、士官の卵たち。
力こそすべて。
分かりやすく数値として出された成績で、私たちの立ち位置は決まっていく。
究極の競争社会。
この学校の、敷地、環境、人間関係。
そのすべてが、自衛軍として歩むための、戦闘技術を学ぶための世界になっている。
今までとは違う世界を異様と感じる度に、この世界で生きていくのだと、毎回お腹に力を入れる。
振り向くなと言い聞かせる。
見た夢を振り払うように頭を振って。
そして振った頭は看過できない音を耳を通してその脳で拾った。
「まーた絡まれてるの」
呆れた。
私は音の方に足を向け、駆け足で寄っていく。
「よ。空もいたんだ」
「よ。海も聞こえた?」
「あれだけ派手に怒鳴っていればな」
「もはや名物になりつつあるよね? あれ」
私の半身の内のひとり。
天嶺家次男、海。
三つ子として生まれた私の二人の兄のうちのひとりと肩を並べて駆けていく。
頭頂部に括った髪の束が大きく揺れたとき、私たちは一人を囲む人集りの前で足を止める。
思ったとおりに、人集りの中心に、ハーフカラーの男の頭がひょっこり飛び抜けて見える。
その顔は随分困っているようで、こちらの存在には気が付いていない模様。
彼に絡む男の内の一人は、私も見覚えがある。
二年次生、総合成績順位第三十七位。
新野 知也。
字面だけ見れば微妙な数字に見える第三十七位は、二年次生、総員百三十人の内の三十七位。
かなり上位の方に位置する、カーストとしては上澄みの立場の先輩。
そんな先輩が、なぜ彼に突っかかるのか。
大方、彼の見た目とか恵体とか、そんなことが原因だろう。
私は海と目を合わせて、人集りへ突っ込んでいった。
「せーんぱいっ!」
できるだけ可愛く、声も明るく。
彼より目線が上になることがないように腰を屈めて、首を小さく傾げて上目遣い。
両手は背中で組んで、しなを作ってぶりっ子仕草。
私は可愛い。
うぬぼれでも何でもない、ただの事実。
鏡を見ても、客観的な評価でも、整って愛嬌のある顔をしている。そんな評価をもらってきた。
そして、大抵の男は、可愛い女の子にこのポーズをやられると、固まる。
一瞬でも固まって、動きが止まったその瞬間が好機。
畳み掛けるように間髪入れずに言葉を吐き出す。
「鬼沢教官が探していましたよ?」
「ゲッ! 鬼沢かよぉ……」
途端、態度を軟化させて頭を抱える新野先輩。
彼は直ぐ様踵を返し、そして一瞬立ち止まる。
「あー。そのさ、よければ今度……」
その先はよく聞く言葉。
いつも通りの定型文で返そうと口を開きかけたとき。
「ゴラァ! どこだぁ!」
「ひっ! もう探しに来た?!」
遠くから聞こえてくる鬼沢教官の声。
背筋を勢いよく伸ばした先輩は、脇目も振らずに廊下を走る。
一歩遅れて、彼の取り巻きたちも共に走っていき、人集りはあっという間に捌けてしまった。
「……で。またなんで絡まれてたのさ」
先輩が去った廊下の先を見ながら、視線も向けずに問いかける。
バツの悪そうな声が背後から聞こえた。
「目立つから……。気に入らないって」
「身長デカいんだよ。縮めないの」
「無理言うな」
呆れたような口調。呆れたようなため息をひとつ。
「……で、いつまでそこに隠れてるんだ。海」
「バレた」
「とっくに分かってたって」
私に視線を釘付けさせているうちに、海は潜り込んだ。
カーテンの閉まっている、廊下の端にある教室に。
高校で言うところの、理科室のような教室に潜んだ海がしたことは、声真似。
彼曰く、鯨の生態を研究していた時に、声真似のコツを見つけたとか。
意味が分からないよ。
今では、よくよく聞かなければ偽物と分からないほどの精度を誇る声真似は、海の得意技の一つとなっていた。
どうしてそんな技術を磨いてしまったのか、我が兄ながら意味が分からないよ。
「陸。お前また女を誘惑したろ?」
「してねぇよ!」
よく言うよ。海はじっとり半目でそう言った。
「今の先輩、彼女をお前に取られたって逆恨みだぞ」
「はぁ?! 手なんて出すわけないだろ?!」
「大方、陸自身に自覚無くても、まぁた勝手に好きになられたんだろ」
「どうして俺は巻き込み事故が多いんだよ!」
「知らん。縮め」
「無理だっての!!」
士官学校に入学して早三ヶ月ちょっと。
身長が高く、見た目も恵まれ身体能力も目立つ彼は、上級生に絡まれることが多くなった。
それを庇い続けている私たちの対処も、随分と慣れてしまった。
「空は空で自分の見た目を存分に使い倒しているしよ……」
「武器を磨いてるって言ってくれない?」
「ハニトラとかしそうで怖いよ、俺」
失礼な。
陸の散々な評価に頬を膨らませそうになって、気付いて止める。
子供っぽい仕草は、私を昔に戻してしまう。
私は昔を封印したんだと、自身を律する私を見た二人がどんな顔をしていたか、私は知らないままだった。




