第五十五話 もしも快晴を言葉にするなら 3
「はぁっ、はあっ!」
『冒険にはこんな危険も付きものさ!』
『初っ端から大ピンチなんだけど教授ー?!』
空は今、逃げています。
何で追いかけられているかわかんないけど、逃げています。
〔◎ωく!〕
なんか分からないけど! 草刈り鎌っぽいのを振り回すおばあちゃんから! 逃げています!!
『空! 彼女は何と言っているんだ?!』
『あの人声発してないから何言ってるか分かんない! です!』
『なんてことだ!』
あの追いかけてきているおばあちゃんは。
というよりも、恐らく教授が目的としていた民族の人は、あの人しか見ていない。
そのうえ、コミュニケーションを取る間もなく追いかけられているから、言葉が分からない。止まってほしいとかも言えない。困った。
『絶対教授があのベルっぽいの鳴らしたからでしょ!』
『興味をひかれたものは片っ端から触るんだ、空! それが研究者というものさ!』
『リスクヘッジはちゃんとしてから言って?!』
〔´◎ω◎`〕
ちらちら後ろを振り返りながら逃げているけど、あのおばあちゃん本当しつこい!
表情だってなんかくるくる変わっているし! 笑顔だったりしょんぼりしたり、どういう感情……?
(表情?)
そういえば、世の中にはいろんな言語があるって知ってはいるけど、実はボディーランゲージも言葉の一つだって聞いたことがある。
いわゆる、身体言語。
人は体の動きも言葉にしてしまえる。
それと同時に思い出すのは、口笛を言語とする民族の話。
口笛の音、高低差、その他諸々の要素でコミュニケーションを取る人たちもいるという。
(表情が、言葉になる?)
単純に表情豊かなおばあちゃんなだけかもしれない。
鎌を振り回しているから、失敗したら怪我じゃすまないかもしれない。
怖い。
でも、それ以上に。
(この機会、逃したらもう二度とこの人とはお話しできないかもしれない)
人の出会いは一期一会。
明日会える人もいれば、生きているうちに二度と会えない人もいる。
パパとはもう二度と会えないように、この人ともこんなバッドコミュニケーションの記憶を残したまま、もう二度と会えなくなるかもしれない。
(それは、なんか、やだ)
足が止まる。
勢いをそのままに突き進む教授が、驚いたように振り返る。
『空?!』
教授には悪いけど、これは空の好奇心なんだ。
これが空が、言葉を学ぶ理由なんだって、空は思うから。
〔◎へ◎?〕
おばあちゃんの足も遅くなる。
空はおばあちゃんに向かって。
〔*〇ω〇*!!〕
……何も考えていないような、満面の笑みを浮かべてみた。
〔Σ◎ω◎〕
おばあちゃんが驚いたように立ち止まる。
しばらくその表情のままで立ち止まり……。
〔◎∀◎〕
と、おばあちゃん。
〔´〇ω〇〕
と、空。
〔´◎ω◎〕
と、おばあちゃん。
〔 ;∀;〕
と、空……。
『そ、空? 君は何を……』
『しっ。教授黙って』
何度か表情を交わし合う。
何度目かの末に、空は、おばあちゃんの言葉を見つけた。
〔なんだい。お嬢ちゃん。アチの言葉が分かるんか?〕
おばあちゃんの目の下。
徹夜をするとクマが見事に出来上がるそこに、表情が変わるたびに、痙攣するなにかがあった。
それは規則性のようなものがあって、空の表情を変えた時の反応とか、そういうものを交わし合う内に……わかった。
空はおばあちゃんの言葉を、大体理解した。
(分からない単語もいっぱいあるけど)
さっきもおばあちゃんがアチって言ってたその単語はよく分からない。
だけど文脈的に、わたし、とか、もしくは空みたく、自分の名前を言っているだけかも。
〔なんとなく。さっきはにげてごめんなさい。空たち、おばあちゃんを怒らせるつもりはなかったの〕
〔何を言う。怒っているつもりなどないわ〕
〔え? でも、その鎌……〕
〔んん? ……ああ、さっき庭の草刈ってただけさね。ゴウンガウンに生えて仕方ないったら〕
肩の力が一気に抜けた。
なんだ。おばあちゃん、怒ってるわけじゃなかったんだ。
〔でもあんた達はなんだい? 来客の合図が鳴ったから様子を見に来たら……。一目散に逃げよって〕
〔ごめんなさい。おばあちゃん、鎌持ってたから……怒ってるのかと思って、逃げちゃった〕
〔はーぁーん? なるほどなあ。これがダメだってことか〕
納得した様子のおばあちゃんが、鎌をいそいそ腰に差す。
むき身のまま?! って驚いたけど、腰に鎌を入れるケースみたいなものがぶら下がっていた。なるほど、安全。
〔ま、入んな。お茶と話くらいならしてやれるっけね〕
〔わーい〕
おばあちゃんに誘われるまま、空が後ろを着いていこうとすると。
『空たちはさっきから何をしているんだい!?』
『あ、忘れてた』
背後に置いたままの教授が、へっぴり腰ながらも近付いてきていたのを、すっかり放置していた。
『ごめんね教授』
『いきなり変顔をし始めたと思えば、ご老人は鎌をしまうし! 空、君は一体、どんな魔法を使ったんだい?!』
興奮したように、しかしどこか怯えたように聞いてくる教授。
空はうーん、と間延びした声を出すと。
『……言葉っていう、魔法』
そう言って、笑って見せた。




