第五十四話 もしも快晴を言葉にするなら 2
翌朝、空は僅かばかりの荷物を背負い、玄関口で大きく手を振っている。
昨日着ていた冒険家のコスプレ衣装ではなく、長袖長ズボンのきちんと動きやすい服装。
この格好にするよう説得したのは、意外にも教授であった。
彼は、『空、その格好、最っ高にキュート! だけど、冒険には危険がつきものさ。ヘビに噛まれるかもしれないし、虫に刺されるかもしれない! その危険を避けるために、足と腕は隠しておこう!』と、さり気なくこの格好に誘導してくれた。
「ママ、行ってきまーす! 海! 二人をよろしくね! 陸ー! また迷子になっちゃダメだよー!」
「任せろ」
「もうならんわ!」
陸が目を吊り上げ、海が頼もしいサムズアップ。
二人の反応を見て、空は嬉しそうにニヒヒと笑う。
『教授。今日は空をよろしくお願いします』
『お任せを。空さんは無事にお届けします』
気障ったらしいのは変わらないけれど、その目には確固とした大人の光が宿っているように見えた。
「行ってらっしゃい、空」
「うん!」
空は、今まで見たことのないくらい瞳をワクワクと輝かせ、先導する教授の後について駆けていった。
「……さて」
ヴィラの近くに来ていたバスに乗って、その姿が見えなくなるまで見送った後。
わたしは二人に振り返る。
「今日一日は空と別行動だけど、パンフレットの中で行きたい観光地とかあった?」
ふたり……主に海がパンフレットに釘付けになっている。
「陸。お前、何したい?」
どこに行きたいではなく、何をしたいと問う海。
陸は天井を見上げ、ポカン、少し悩んでいる。
「土産屋」
「それならバスで二十分くらいで市場があるな」
「どのエリアに行きたいじゃなくっていいんだ?」
あまりにも自然な流れに思わずツッコむと、陸も海もキョトンと揃ってこちらを見てくる。
「だって陸、どの辺に何がありそうって土地勘ないから」
「海の言う通り。はぐれたら迷子になる」
分かりあった兄弟の空気感。
陸は高校二年生にもなって、堂々と迷子宣言するんじゃありません。
「じゃ、市場行くかぁ」
「名産はこの果物だと」
「ん? うわっ、見た目グロっ!」
「味は絶品らしい。説明だとマンゴーにも似た甘味だって」
大きく伸びをして鞄の中身を確認する陸が、見せられた果物の画像に顔を引きつらせている。
海は淡々と、その果物の説明をしている温度差が、いつものふたりの温度感を感じさせてくれた。
「……お。このシリーズの食器とか、アイツ好きそうじゃないか?」
「いいな、これ。この国っぽい装飾で土産ってことも一目で分かるし、洒落てるし」
「コップとかその辺を七色分買ってこーぜ。俺らと、母ちゃんと、父ちゃんの写真の前にも置いてさ。あと花さんと花さんのお母さんの分」
「七色もあるか?」
「あるんじゃね? 知らんけど」
持ち物に不足がないことを確認し終えた陸は、それを肩にかけた。
「海も早く準備しろよ」
「既にしてるって」
「どこが」
「ここだ」
服を捲った海。
そこには貴重品をまとめたセキュリティーポーチが肌着の上に巻かれている。
それから、長いネックレスのように紐を通された小銭入れも、首からぶら下がっていた。
「僕はスリをされても気付けない自信があるからね。自衛の一つ」
「さすがにカバンに手ぇ突っ込まれたら気付くだろ」
「お前だけだ、その芸当ができるのは」
海は毎年の旅行で、自衛を自分でできるようになっている。えらい。
陸は自衛云々をすっ飛ばして、気配を読む芸当ができるとサラッと言い出した。人間離れのインフレがすごい。
「次のバスは予定だとあと三十分後だって。だけど遅延とか普通に起こるから、のんびり行きましょう」
昨日、教授が写真に撮って共有してくれたバス停の時刻表を見て、二人に知らせる。
「じゃあ庭でも見て回る? 昨日到着したときは暗かったしあまり見られてないから」
「おっけー」
海が外を指さして、陸はのそのそ同意する。
ふたりが出て行く庭へ続く大きな窓。
ヴィラに併設されたプライベートな庭。
庭というには広く、林とも言える小さな木立も並んでいる。
「あのコスプレ、アイツ気に入ってたんだよな」
「ああ、止められていた冒険家の?」
「そー。あの、大型の大体なんでも揃う店の奴でさ」
「そういえば買い物行ってたよな。空と二人?」
「空と遥と三浦さん。あとから合流で茂庭さん」
「わ、地獄」
「なんでだよっ」
空から軽く聞いていた通り、陸の周りの女性関係が華やかになっている。
これ何角関係だろう。
「茂庭さんの試合を応援しに行ったあとに買い物行ってただけだよ!」
「それで普通、振った女とも一緒に出かけるか?」
「遥とは今ではいい友達だってば!」
「……ふーん?」
……前、空愚痴っていたなぁ……。
「陸は女の子の気持ちに鈍感だから、簡単に想われ人と元想われ人を一緒にお出かけに誘えちゃうの」なんて。
(多分、その中のひとりが、今陸のこと好きなんだろうなー)
青春、青春。
甘酸っぱい気持ちを味わいながら、二人の小さな口喧嘩を見守った。
「母ちゃん! アイツ帰ってきたら、ここで写真撮らない?」
「空の?」
「あのコスプレ! 着てるとこ!」
空の着たかった気持ちを、陸なりに汲み取ってくれたらしい。
わたしは一も二もなくオッケーを出した。
「空、今何をしているかな」
よく晴れた青色の頭上を見上げる。
快晴と誰もが口を揃えて言う、澄んだ青色が広がっていた。
―― 一方そのころ。空と教授は。
〔◎▽◎!〕
満面の笑みを浮かべて鎌を振り回す、異国の老女に追われていた。




