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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
序章 青い花の咲く丘で 〘3〙三つ子、中学生編
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第三十八話 空、怪我をする 2

「えぇっと……」


 わたしが今感じている混乱は、人生最大級かもしれない。


「母ちゃーん……! 海にイジメられたぁぁ……!」

「バッ、いじめてないだろ!」

「お前の握力荒ぶる森の賢者(ゴリラ)って言われたぁぁぁっ!」


 カオス。

この言葉が多分一番ふさわしい。


 海よりも身長も肩幅も大きくなった陸が、海にいじめられたと泣いているし。

海は海で慌てふためいて、飴を口に突っ込もうとして拒否されているし。

言ってる内容はゴリラだし……。


「本当に、何があったの?」

「わからぬ」


 空に聞く。真顔で返された。




「落ち着いた?」

「あ゙ぃ」

「それはよかった」


 図体が大きくなった陸が、体を小さくさせてションボリしている様は、なんというか、可愛かった。


「じゃあ、何があったか聞いてもいい?」

「空から聞いてないの?」


 不思議そうな顔をした海から疑問。

頷くわたしと、補足説明の空。


「陸のこと、どこまで話していいか分からなかったから話してない。海はどこまで聞いた?」

「今日家で起こったことだけ」

「そ。ねー、陸」


 どこまで話してもいい?

陸に対する問いかけに対し返答は。


「全部話したいところ話していいぞ」


 寛容すぎる答えだった。


「なら話すけどぉ……」


 空は姿勢を正して話し出した。



***


「陸!」

「お、どーした空?」


 鼻息荒く、床を踏み鳴らす勢いで部屋に入ってきた空を見て、陸は呑気に返事をする。


「なに呑気に筋トレしてんのよー!」

「いきなりどうした。筋トレは日課だし」


 ちゃぶ台返しの動きをする空に、若干引き気味に驚く陸。

尚、ちゃぶ台は無いためエアーちゃぶ台返しである。


「聞いたよ! なんでレギュラー外されたのに落ち着いてられるの?!」

「ああ、それか」


 怒り狂う空とは対照的に、陸は冷静だった。

彼は休止していたダンベルを持ち上げる動作を、再開する。


「そんな怒るなって。外されたって言っても、リレーだけだし」

「怒るよ!」


 強く叩きつけられた一言に、陸はたじろぎ動きを止める。

見上げた空は、悔しさを堪えきれずに、玉雨のような涙を床に落としている。


「理由も理不尽だったし! 陸、個人種目よりもリレーの練習に力すごく入れてたじゃん!!」

「そりゃ、俺だけの話じゃないから、俺が失敗したらみんな失敗するし……」

「そうだよ! 陸、リレー選手に選ばれてから、自分の方よりも、みんなのためにって、ずっと、ずっと……っ!」


 言葉が詰まって代わりに溢れる涙をどうすることもできず、陸はおろおろと手を彷徨わせる。


「それをさぁ……っ! 陸は周りに合わせることができないからリレー選手から外すってさぁ……っ! うちの陸は周りに合わせられるいい子でしょうが! 単に他の選手よりも足が速くて目立つのが気に入らないんだーっ!!」


 思うがままに喚く空。

対し、陸はどこまでも冷静だった。


「俺は本来三年生が入るはずだった席にいたからな。今後卒業していく彼らに、少しでもチャンスを与えたいのが本音なんだろ」

「違うよ! あいつら絶対陸の才能に嫉妬してこんな嫌がらせしてんだよ!」


 しかし空は儚いばかりではない。

恨み真髄の呪詛を口から吐き出し、ぶつぶつと、藁人形でも買ってこようか……? などと呟きを零している。


「こら。ちゃんと監督が考えて決めたことだろ」

「その監督が! 空に言ったの! お前の兄ちゃん調子乗ってるなって! ニヤニヤして言ってたの!!」


 ガーッ! とまくし立てる空は叫ぶ。


「陸上部のリレーなんて! 陸の戦力がなくてボロッボロに負けちゃえばいいんだーっ!!」


 もはや怒っているのか泣いているのか。

筋トレを中断した陸が空を抱き寄せ、ヨシヨシ宥める。


「そんな事言うなよ。それに、個人種目には出してもらえるんだ。本当に嫌われていたら、個人種目さえ出してもらえないはずだろ?」

「まともに自分の練習をしていない陸が、ここから巻き返す労力を考えて嘲笑ってるんだよぉ……。絶対そうだぁ……」


 メソメソ通り越してめしょめしょに泣いている空に、陸は苦笑い。

肩に顎を乗せて号泣しているから、陸のジャージの肩がびしょびしょに濡れていく。


「あの監督のままだと陸は日の目を浴びずに中学の青春を終えちゃうよぉ……」

「俺はいいの。やって来たことは無駄にはならないし……」

「陸はお馬鹿だからぁ……! 少しでも目立って高校の部活推薦もらわなきゃ進学できないかもなのにぃ……!」

「おいコラ」


 余計なお世話だ。と、陸。


「そういう空こそどうなんだ。数学やばいって言ってただろ?」

「ふっふっふーっ。この間の小テストで点数上がったのだ!」

「は?! マジ?!」

「四十点!」

「赤ギリギリじゃねーか」


 途端ジト目の呆れた目。

空の機嫌は少しは落ち着いたように見え、陸が安堵するように深い呼吸とともに、肩を上下させた。

その瞬間。


「……やっぱり空、あの監督に一言文句言ってくる!」


 勢いよく立ち上がった空。

陸は彼女の突然の行動に、目を白黒させて腰を浮かす。


「ちょっと待てって。さっき落ち着いたんじゃなかったのか?!」

「うん! 陸と話して少し落ち着いた! だから監督に文句言ってくる!」

「なぁんでそうなっちゃうんだよ! そもそも今夕方過ぎた! 監督なんてとっくに帰ってるって!」

「なら明日文句言う!」


 いきり立ち、「じゃっ! そゆことで!」と部屋を出ていこうとする空の腕を。


「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっと待てよ! いったん落ち着け、な?」


 勢いを付けて握ったところ。


 【ゴギッ!】


「ギッ!」

「えっ」


 いきなりのことに理解が追いついていない様子の陸が、痛そうに、苦しそうに腕を庇う空の様子を見て、呆然と声を漏らす。


「え、な、なに」


 こわごわと、握った手をゆっくり開く。


「っっったぁぁぁ……」


 重力に従って落ちる腕を押さえ、苦痛の表情を浮かべる空を見て。


「ぁ、あ、あ、あぁぁぁ……っ!」


 陸は、この世の終わりを見たかのような、絶望の表情を浮かべた。

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