第三十五話 三つ子、雑談する 上
「可愛いだけじゃ、ダメなんです!!」
「うわっ、ビックリした」
「荒れてんな。どーした、空?」
突然大声を上げた我が子にビクッと肩を揺らし、思わず声の上がる方向を見る。
そこには制服を着たまま、鼻息荒く駆け込んできた空。
既に私服に着替えてのんびりお茶を飲んでいる海。
それから、学校指定のジャージを部屋着代わりにしている陸がいる。
「だって! 陸は運動神経抜群じゃん!」
「お、おう、そうだな?」
「この間も二年生だけど、三年生を押し退けてレギュラー入りしてたし! 陸上大会のリレー頑張ってね! 応援行くから!」
「ありがと」
それから。
空は海にも顔を向ける。
「海は頭がいい!」
「……まあ、教科書読んでれば大体理解はできるけど……」
「天才じゃん! それに海の生物に関しては変態的って言われてたし!」
「それ褒められてるの?」
「今度勉強教えて! 次のテスト範囲! 特に数学!」
数学がヤバい。
呟く空は、わたしがいることに気が付いているのだろうか。
呆れの視線を向けていると、空は大仰に天を仰ぎ、それに! と言い募る。
「二人とも顔がいい!」
「空もだろ」
大体似た顔なんだから。と呆れたような海。
「ちーがーうーのー!」
駄々を捏ねる空。
もう中学生も二年目なのに、そういう仕草は変わってないな。なんて少し嬉しくなる。
「空が良いのは顔だけ! かわいいのは自覚してるんだよ!」
「女子から批判買いそうな物言いしてんな……」
呆れた物言い二人目、陸。
「勉強も普通、運動も普通! 優れているのは顔だけ! 自分のことを空って言って可愛娘ぶって男に媚びてる女! それが空!」
「ちょっと待て。それは空が思っていることか?」
「ううん。クラスの子に言われた」
陸が静止をかける。
空が答える。
陸と海は笑顔のまんま殺気立つ。
「処す?」
「処そうか」
「処さんでいい」
陸海空。処すの三段活用。テンポがいい。
「でもねぇ、空も思ってるんだよぉ。多分空、ママのお腹の中で、陸と海に才能吸い取られたんだって」
「んふっ」
思わず笑ってしまうと、ジトーッとした視線を空からもらう。
「ママー?」
「ごめんごめん。あんまり可愛い事言うから」
んふんふ笑い、わたしは空のいいところを言う。
「空はさ、言葉がたくさん分かるじゃない」
「言葉が分かるだけじゃ何にもならないよ」
むー、と頬を膨らませる空は、机の上にそのほっぺを押し付ける。
「空、お母さんはね、ヒデ語を話せるわ」
「そうだね」
「でも、カフウ皇国の言葉以外だと、ヒデ語しか話せないの」
空は顔を上げ、キョトンとした目を向けてくる。
「……そうなの?」
「そうなの。しかも、旅行でちゃんと話せるようになるまで、中学生から高校生の、大体六年くらいかかったわ」
空はすぐ覚えられる。
そう伝えると、でも、と口ごもる。
「空だって、ちゃんと本を読んで文字を見て、ネイティブの人の言葉をたくさん聞かないと覚えられない……」
「逆に言えば、その環境があればすぐに覚えられるのよ。唯一無二の才能だわ」
「……でも」
おそらく、学校で相当色々言われてきてしまったのだろう。
普段明るく自信満々な空が、ここまで萎んでしまうくらいに。
(嫉妬だろうね)
空は、彼女自身も言っているけれど、その辺りの芸能人では比較にもならないくらい可愛く育っている。
それに加え、陸と海が身内にいる。
やっかみで、一言二言、言わなければ気がすまない人がいても不思議ではない。
「多分ね、空の才能は、学生たちがぱっと見てすごいって思えるほど、分かりやすいものでは無いのよね」
「分かりやすい……?」
ひとつ頷く。
空の才能は、他が真似しようと思っても出来ない、神からの授かりものとも言える離れ業。
だけど、見た目にはわからない。
多国籍な会談でもあれば話は違うのだろうけど、カフウ皇国に住んでいて、一般人がそんな機会に立ち会えることなど、早々ない。
つまり、動きがない。
言い換えれば、華のない、若い子に言わせるのなら地味な才能。
「例えば、陸が速く走ったり、球技で沢山点を取ったらすごいってなるよね?」
「なる」
「海が、入学してからずぅっと百点とか九十点台を取り続けて、学年で一位って順位が出るのも、すごいってなるでしょ?」
「もちろん」
「みんながそれをすごいって思えるのは、目に見えるからなの」
目に。
空は繰り返す。
「人間って、自分が見たものしか、すごいって心から思えないの。空は、空の才能が他の人の目に見えてないだけ。ちゃんと空は天才だって、お母さんずぅっと思ってるわ」
走ってきたのか、乱れた髪の毛を撫でる。
空は擽ったそうに笑った。
「それに空。初めてお父さんと、青い花が咲いていた丘にピクニックに行ったときに言ったこと、覚えてる?」
「え? 何か言った?」
「花ちゃんと話していたじゃない。お母さん、ちよっと聞こえちゃって」
空は何も思い当たる節がないよう。
四歳頃。お花で花ちゃんに花冠を作っていた姿は、昨日のことのように思い出せる。
「えー? なんにも覚えてないんだけどー……」
「言ってたわよ。その時ね、空、お母さんのお腹の中には、最初陸と海しかいなくって、二人は始めは、二人ともが空の色をしていたって言ってたんだよ」
「ええーっ?! 空、そんなこと言ってたの?」
「言ってたよ。それで、二人がその色のままだと、元気に生まれてこられないから、空が健康になれる色を持ってお母さんのお腹に入って、その色を二人に半分ずつにしたって、そう言ってたのよ」
空はずっと、言ったのそんなこと、とか、うわ恥ずかしい、とか頻りに言っていた。
「だから、空はお腹の中で才能を二人に吸われたんじゃなくって、二人にあげたんじゃない?」
「その考え方なんかやだ。二人には最初から才能を持って生まれてきて欲しい」
すん。と真顔になった空が何を言うかと思えば。
まるで解釈違いを語る限界オタクのような感想に、思わず笑ってしまった。
「そうね。二人は最初から天才だったわ」
自身の解釈が戻ってきた空は満面の笑みを浮かべている。
わたしは彼女に、もちろん、空もだよ。と伝えた。




