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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
序章 青い花の咲く丘で 〘1〙三つ子、幼児編
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第三話 三つ子、誕生

(……あれ、わたし、寝てた?)


 起き上がろうとするが、身体がだるくて重い。声は擦れてうまく出ない。

目だけ動かす。

病室だ。わたしが入院している、個室の。


「あ……」


 か細い声が入口の方から聞こえる。聞き慣れた、望さんの声。

視線を動かそうにも、そちらの方にまで人間の目の可動域は広がっていない。


「ひ、陽毬ちゃん!」


 相部屋であれば迷惑極まりない音量で駆け寄ってきた望さんの目からは、滂沱の涙が。

赤ちゃんは無事? 何があったの。

問いかける声はやっぱり擦れていた。


「赤ちゃんはみんな無事に生まれたよっ! 元気な男の子ふたり、女の子ひとりの三つ子だって!」


 望さんの言葉。

ほっと安堵して、ようやく零れたのは涙。

よかった。呟く声は音には乗らず、ただ口が動くのみ。

その動作を勘違いした望さんは、「お水?」と問いかけてきた。

確かに、喉が渇いている。

わたしはあながち間違いでもないその勘違いに頷く。


「ちょっと待ってね。お医者さん呼ぶから」


 どうやら、手術後の飲食は、例え水であっても医者の指導の下に行われなければいけないらしい。

そう説明を受けたと、彼は言った。


「それで、帝王切開の後、陽毬ちゃんは大量の出血で気を失っていたんだよ。輸血で持ち直して、今、目が覚めて……」


 感極まったように再び泣く望さん。

体がだるすぎて動けないから、彼の頭を撫でることも、背中を摩ることもできない。


「よかった、ほんとうによかった。陽毬ちゃんがこのまま目を覚まさないんじゃないかって、ずっと」


 随分と心配をかけてしまった。

うまく笑みを作りたいけど、私は笑えているのだろうか。


「だ、じょ、ぶ、よ」


 大丈夫だよ。言葉にしたい声は、これ以上ないほどのか細い音に乗った。


 医師の指導の下、少量の飲水で口を潤してからしばらく。

ようやく擦れ声ではなく、まともに会話ができるようになった頃。

疲れた身体ではあるが、わたしは猛烈にやりたいことがひとつあった。


「望さん」

「なに?」

「赤ちゃんに会いに行きたい」


 今、わたしの父母と義父母が赤ちゃんの面会をしているという。


「ずるい。望さんも赤ちゃんに会ったんでしょう?」


 大人げなく頬を膨らませ拗ねると、分かりやすく慌てる望さん。

写真でも撮ったのか、携帯をポケットから取り出そうとしている。

慌てすぎて手から滑り落ちてる。

あ、画面割れた。


「ごめん、ごめん。そうだよね。まだ目が覚めたばかりだし、会いに行けないよね」


 少し寂しいけれど、仕方がない。

わたしは体の回復を先行させるべく、目を閉じようとした。すると。


「お医者さんに聞いてくる!」

「あ、望さん?!」


 望さんはばたばたと部屋から出ていってしまった。


「ナースコール、あるのに」


 ぽかんとしていると、出ていった時と同じ騒がしさで戻ってきた。


「車椅子だったらいいって!」

「えぇ……」


 望さんの行動力に、開いた口が塞がらなくなった。


 あれよあれよという間に、わたしは子供たちを見る一歩手前の場所にいた。

そこには既に、両家父母が大集合して、齧りつくようにガラスに貼りついている。


「陽毬ちゃん」

「なぁに、望さん」

「あのね、子供たちはみんな可愛いから。びっくりしないでね」

「ふふ。なぁに? 可愛すぎて驚いちゃうかもって?」

「それもだけど……」


 口ごもる望さん。

私は動かない車椅子に焦れて、自分で動かそうと両の車輪を掴む。


「あっ。はいはい、すぐ行きます、行くから自分で運転はやめてぇ。傷開いちゃうって」


 望さんは過保護に車椅子を押して歩く。

あと少し、もう少し。


 ようやくたどり着いたそこは、ガラスの壁一枚に隔たれている。

触れることもできない壁越しではあるけれど、目の前に、すやすや眠るふたりの赤ちゃんに挟まれて、もうひとりの赤ちゃんが、目をパッチリ開いた状態で、不思議そうな顔でこちらを見つめていた。


 三つ子たちはみんな、髪が薄らと生えた状態で生まれていた。

だからその色彩がよくわかる。

生きている中で今まで見たことの無い、不思議な色彩が。


 一番右端にいる、眠りながら足をわきわき動かしている赤ちゃんは、向かって左側、真ん中の子がいる側の髪の毛が、半分白い色をしている。

飛んで一番左端。こちらの子も、真ん中の子がいる側の、右側の髪の毛が真っ白だ。

そして真ん中の、ぱっちり大きな目が、きょとんと開いた子。

この子の髪の毛は全てが真っ白。

そして真っ直ぐ見つめてくる瞳は。


「わぁ……! この子、空の色をしている」


 青く晴れた日の澄んだ空。

あの青色を、その目に宿していた。


「空……」


 車いすの背中に立つ望さんが、わたしの放った言葉を反芻する。


「空」


 背もたれ越しに見上げると、その響きを口に含めて、彼はへにゃり。嬉しそうに破顔した。


「この子の名前は、空」

「空ちゃん」


 呼びかける。真ん中の赤ちゃんが、ふにゃって、笑った。


「なんだ、名前もう決まったのか」


 義父が快活に笑う。豪快な笑い方が、わたしは結構好きだ。


「なら、そっちの右の、よく足動かしている方な。地面蹴るのが上手そうな足しているし、空と来たら陸はどうだ?」


 すごくいい。空の名前はピンと来たけど、陸の名前はしっくりくる。


「それじゃあ、左の子はうみって名前かしら」

「お母さん。たしかに統一感はあるけど、空と陸が先に決まったから、残った名前を付けるなんてのは可哀想だよ」


 ちょっとだけ眉を寄せて咎めると、母はコロコロ笑い声を上げる。


「残ったからなんて言わないわよ。だってこの子、陸くんとは対照的にじっと動かないで、どーんと構えているじゃない。大らかな、海みたいな子ね」


 母が語った理由は、こじつけには思えなくて。

わたしはそっと、その名前を呼んでみた。


うみくん……」


 でも、しっくりこない。海って素敵な名前だと思うのに、どうも。


 頭を捻らせるわたしに、実父からの助け舟。


かいはどう? うみって書いて、かいって読むんだ」

かい、くん」


 ああ。ああ。

よく口に馴染む音。

りくかいそら。この地球を構成する、みっつの自然。

揃った名前の三つ子たちは、大勢の大人に囲まれていても、それぞれが思い思いに、マイペースに過ごしている。


「陸。広い世界を自分の力で走り抜けることができる、健康で、元気な子」


 ひとつ、願いを込めて、右に顔を向ける。

ワッシャワッシャ動くのが、足だけじゃなくて手の動きまで付いてきた。

発育が楽しみな子供、陸。


「海。海のように大きくて、穏やかで、たくさんの人を包み込める子」


 もうひとつ、願いを込めて名前を呟く。

一つ挟んでお隣には、わしゃわしゃ暴れる子がいるのに、ずいぶんとマイペースに鼻息立てて眠っている。

その寝顔は穏やかで、優しい子に育ってくれそうな、海。


「空。大きな視点で、大らかに見守ってくれる、世界の平和を愛せる子」


 祈りにも似た願いを、生まれたばかりの子に託す。

きょとんと見上げるその目が、眠たそうに閉じかかっている。

この子は、平和な世界に産まれた子。きっと、傍にある幸福を見逃さないでいられる子供、空。


 得も言われぬ愛しさを胸に、わたしはガラス越しに挨拶をした。


「初めまして。りくくん。かいくん。そらちゃん。お母さんの大事な宝物たち」

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