第十四話 三つ子、会社見学 3
「それじゃあ、ここからはプロトBEASTに乗ってみよう!」
「えっ?!」
思わず吐き出してしまった驚きを両手で抑える。
しかし、吐き出された言葉はもとには戻らず、後輩と子どもたちが一斉にこちらへ向いてしまった。
「まま?」
どしたのー? と言いながら空がてちてちやって来る。
空を抱き上げ、みんなの元へ歩いていく。
「ううん、なんでもないよ」
「でも、えっ、てゆった」
純粋な疑問に、わたしは安心できるように笑顔を向ける。
「まさか乗せてもらえるとは思ってなかったから、びっくりしちゃったの」
空を床に下ろす。
様子を窺うように見上げてくる空に手を振る。
「行ってらっしゃい」
「坊ちゃん、嬢ちゃん、こっちだぞー」
付き添いは金谷さんが行うらしい。
彼の呼び声にお行儀よく並んで歩いていく子どもたちを横目に、寄ってきた後輩に挨拶をする。
「久し振り」
「お久しぶりです、先輩! それから、ようこそいらっしゃいませ。ええと……」
「わたしの友達の真理藻さん」
「陽毬ちゃんのお友達だよ、よろしくー」
「はじめまして! 先輩の後輩の、糸井 美沙です! よろしくお願いします!」
子犬のように懐っこく寄ってくる仕草は変わっていない。
変わったところは髪の長さが短くなったことか。
振られる尻尾を幻視しながら、ところで。と本題に入る。
「プロトBEASTに子どもたちを乗せるって、大丈夫なの?」
「上長から許可はもらってます! それに、駆動部を操作するパネルは眠らせています。特殊なコマンドで操作しなければ復活しません」
「……なら安心かな」
ホッと胸を撫で下ろす。
肩の力が抜けたことを感じ、わたしは緊張していたことに気がつく。
「機体の案内は金谷さんが代わってくれているので、私はしばらくの休憩です。緊張したぁ」
手で顔を仰ぎ、薄っすら赤くなった肌を冷ましている。
感想が口から漏れている。
「あっちに自販機のある休憩エリアが新設されたんですよー」
行きましょー。とわたしと初対面のはずの真理藻さんの手を取って駆け出していく後輩。もとい糸井ちゃんの後輩力は変わっていないと見受けられる。
「あたし社員じゃないんだけど、使ってもいいのかな?」
おっかなびっくり聞く真理藻さんに、糸井ちゃんはにっぱり笑う。
「お客様も使っていいんですよ! 滅多に来ないけど!」
あっけらかんと笑う彼女に安心したのか、真理藻さんは大人しく後をついていく。
辿り着いたそこは、自販機が二つ、机が二つと、椅子が壁際に重ねて寄せられ、ひーふーみー……。
「喫煙室、奥の方にあるけど、誰か吸うの?」
「誰も吸いませんよ?」
「え、じゃあなんで」
「社長が言うには、多様性ですって。今後入ってくるであろう喫煙者のためらしいですけど。でも今の時代、中々タバコなんて吸う人いませんよねぇ」
カラカラ笑う糸井ちゃん。
確かに、タバコなんて一箱千円を超える高級品だし、その割に健康にいいかと言われると、むしろ害になる代物。
好んで吸う人など、中々いないだろう。
「昔は一箱五百円くらいだった時代もあったそうですよ」
「安いねぇ」
真理藻さんがのほほんと相槌を打つ。
「あ、飲み物何か飲みます?」
「わたしミルクティー。真理藻さんは?」
「あ、うーん……。ほうじ茶で」
「はーい。久し振りに会えた記念に、私、奢りますよ!」
「福利厚生で社員は無料でしょ」
「えへへ。はーい、そうでーす」
呆れ笑いを零して問えば、悪びれない返事とともに、自販機のボタンを押す音。
「はい、おまたせしました!」
差し出されたペットボトルの蓋を開ける。
目の前で、炭酸飲料のプルタブを開ける、小気味いい音が響いた。
「……それで! お子さんなんですけど! 私聞いてませんよ?! 本当に四歳なんですか?!」
「うちの海は賢い子だからね」
自慢するように、僅かに胸を反らしてみる。
それを面白そうに笑うのは真理藻さん。
「三つ子ちゃんたちはねー、みんな天才なんだよー」
「海くん以外にも、ですか……?!」
「そー。海くんはたしかー……、あたしと会った時は十ヶ月くらいだったよね?」
「そうそう」
「その時点で大人にも通じるお喋りができていたしー、陸くんは運動神経がめちゃくちゃいい」
「この間鬼ごっこで、近所の小学生相手に完勝しました」
ブイサインを作って見せる。
感心したような糸井ちゃんが、生唾を飲み込む。
「それなら……。空ちゃんは、もっとすごいことが……?!」
重大事項を発表されるときのような、重苦しい雰囲気を作り始めた糸井ちゃんに便乗し、同じように声を潜めて喋る。
「うちの空はね……」
溜める。
聞こえる。生唾を飲む音。
「めちゃくちゃ可愛い」
「めちゃくちゃ可愛い」
虚を突かれたように、言葉をなぞるだけの鸚鵡返しをしてくる彼女に、こくり、頷く。
「天才的に可愛いの」
「天才的……。先輩、それって」
何かに気付いた糸井ちゃん。
彼女は思い切りジトッとした目で一言。
「ただの親バカじゃないですか」
正気に戻った糸井ちゃん。
呆れたように言われたその単語に、黙って見守っていた真理藻さんが噴き出した。




