表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
135/152

第六十七話 祭りの前の静寂 2

 セットされた椅子に座り、机の上で頬杖をつく。

裏方作業も落ち着いてきたのか、僅かなカトラリーが擦れる音しか聞こえてこない、静寂の空間。


 ぼんやり眺める時計の針が、九時四十五分を指した。


「暇ですねぇ」


 同じく椅子に座り、スカートからこぼれる脚も気にせずに足を組み、腕組みをして目を閉じていた瑪瑙先輩が、その閉じた目を片目だけ開けた。


「そりゃ、一般の人が来ないうちは、みぃんな自分のとこの準備に忙しいからねん」

「この時間って、生徒たちのお祭りの時間じゃないんですか」

「敵情視察にしても、一般ウケとかまだ全然分からないからねん。来ても意味ないのよん」

「暇ですー」


 両手足を前方にまっすぐ伸ばして、猫の背伸び。

星羅ちゃんなんて、机の上に頭放り投げている。


「この状態を生徒と言えどお客さんに見られたらアウトですよねー」


 星羅ちゃん、虚ろな目をしてボヤいている。


「十時半の、一般入場が始まってから忙しくなるんだから、今はゆっくり休んでおくのよん」

「よし。私敵情視察行ってきます!」

「夏ちゃんはマグロなん? 動いていないと死ぬ病なん?」


 話聞いてたー? なんて、頬杖をついた瑪瑙先輩。呆れた調子の口調で私の姿を見上げている。


「暇すぎて暇すぎて。ちょっと遊びに行ってきまーす」

「もはや敵情視察の言い訳ですらないねん」


 いってらー。と緩く手を振られて送り出された。


 廊下から見える教室には、普段では見ない装飾で彩られ、非日常感に胸が高鳴る。

 駆け足気味に歩む後に、揺れるスカートの気配が残る。


 非日常感の中では、今、私が着ているメイド服だって、当たり前に馴染んでいるような気がして、足取りは軽くなる。


 赤青緑。カラフルな装飾。

黄色と紫、ハロウィンカラー。

白黒モノトーン。カッコいい。


(陸と海はどこで店出してるんだろう)


 兄二人。

彼らの気配を探して歩く。


「あ? 一年?」


 てってけ廊下を歩いていると、色とりどりの教室の中から何やってんだと声をかけられた。


「日向先輩!」

「お前んとこは……。メイド?」

「そうなんですよー。メイド喫茶です。可愛いでしょ」

「へーへー」


 適当にあしらわれて頬が膨れる。


「ちょっと待ってろ」

「?」


 日向先輩が奥へ引っ込んだ。

かと思えば、その手に幅が大きくて深めの紙カップを持って戻ってきた。


「ん。やる」

「アイス?」


 結構肌寒いですよ、今。

なんてジト目で問えば、彼は笑う。


「んなの百も承知だっての」


 彼の片手に保温ボトル。

何をするのだろうと見ていれば、手に持った紙カップから、温もりの温度。

 鼻腔をくすぐる香ばしい香り。


「コーヒーだぁ……!」

「はいよ。アフォガード」

「え、オシャレ。日向先輩オシャレ。意外」

「意外ってなんだコノヤロウ」


 意外な一面に何度も視線を往復させていると、こめかみぐりぐりされた。


「いだだだだだ。暴力反対、暴力反対!」


 体の前で大きくバッテンを作って拒否の姿勢。

コーヒーが零れそうになった。危ない。


「日向ぁ。何やってんだよ」

「悪ぃ。すぐ戻る」


 教室の中から男の人の声。

多分先輩のチームメイト。


「あ、じゃあそろそろ……」

「ん」


 これ以上いても邪魔になるだろうしと、退散しますと告げれば差し出される手。


「……? なんですか?」

「三百円」

「金取るんかい」


 金取るんかい。

ちゃんと払った。



***


「おかえり夏ちゃぁぁぁぁ?」

「うわ、めいっぱい両手に荷物」

「たすけて……たすけて……」


 私タイのメイド喫茶に戻った瞬間、出迎えられた疑問の声と、私の様相に対する驚きの声。

出店の偵察という名前の文化祭見学を楽しみながら行く先々で、いろんな人からあれもこれもと渡されたお土産品。


「アイスのコーヒーがけ。どこのん?」

「アフォガードです。日向先輩のとこです」

「お花ちゃんとこ?! オッシャレぇ」


 まだアイスの姿が残っているアフォガードは、帰り道に人数分、改めて買ったもの。

出来立てほやほや、あったかつめたなデザートです。


 アフォガードを手に取る瑪瑙先輩の横で、きれいに個包装されたキャベツを手に、訝し気な声を上げるのは星羅ちゃん。


「野菜?」

「荒太先輩のとこでした。ご実家の農家とその近隣の農家さんから、売り物にできない規格外品を送ってもらって、格安で売るっていう」

「実家アドバンテージを存分に活用しておるなぁ」


 実家が農家をやっていることを知っている先輩は、しみじみと野菜の数々を見て嘆息していた。


「でも、陸と海……。兄二人の出店は見当たらなかったんですよね」

「およ? 夏ちゃん、パンフレットは見てないんかい?」

「……ぱんふれっと?」

「あーあー」


 先輩が、呆れたように、伸ばしている。


「夏ちゃん」

「はい」

「真面目にお説教」

「……すみませんでした」


 時間にして五分くらい。

普段の緩さが口調からも消え失せた瑪瑙先輩が、淡々と詰めてくる温度感は、それはもう恐怖しかなかった。


「すみませんでしたぁ!」

「あのね、さっきも言ったけど、メールの確認は社会人の基本よ? 軍に入ってからもそうだし……。重要なお知らせが、口頭じゃなくてメールで来ることだって珍しくないの」


 重要な集まりの確認もできずに、それをすっぽかしてしまうことは非常にまずいと、当たり前の、至極当たり前の常識を淡々と説いていく瑪瑙先輩。

私がいかに常識知らずだったかを、認識した時間だった。


(メール、ちゃんと確認しよう)


 明日から。


 言葉に漏らせば怒られてしまいそうな誓いを、私はこっそり決意した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ