第六十六話 祭りの前の静寂 1
空は青。夏の名残の入道雲が、跡形もなく薄く伸ばされたような秋の雲。
陽射しがあっても涼しく感じる秋の空。
校庭に集まった生徒たちは、そのど真ん中に設置されたお立ち台に注目する。
お立ち台に立つのは葦原莧菜教官。
事前情報を与えてくれた瑪瑙先輩曰く、毎年開始挨拶の教官は変わるらしい。
「人によっては短かったり長すぎたりがあるみたいだけどねん」
とは、遠い目をした瑪瑙先輩の談。
去年は相当話の長い教官が担当になってしまったらしい。南無。
「諸君! 本日、この瞬間を迎えるまでに、紆余曲折あったことだろう!」
校庭に教官の声が響く。
マイクなしでこの声量。大声が化け物染みている。
「長々した話はわたしも好まない! だから手短かに宣言させてもらう!」
肩幅に足を開く莧菜教官。
すぅっと息を吸い込み、そうして吐き出す。
「ケガをしない程度に羽目を外せ!」
勢いも熱もそのままに、彼女は高らかと宣言する。
「第二期試験、並びに文化祭の開催を、ここに宣言する!」
雄叫びが、波となって校庭一帯を埋め尽くした。
***
「なんっでなんッスか!」
チームメンバー以外の人間が誰もいない教室の中で、机を両拳で叩きながら、声高に無念と小鳥遊くんが叫ぶ。
「なんで……! なんでスカートがロングなんッスか……!!」
「仕方なくない? 桔梗院くんが表に出るとき、脚なんて見せられたら一発で男ってバレるんだから」
呆れたように両手を腰に当て、星羅ちゃんが小鳥遊くんを詰める。
「だったら桔梗院氏だけロング丈で、あとミニ丈でもいいじゃないッスか!」
「統一感無くなるだろがぃ」
瑪瑙先輩の応戦。
私もそう思う。
「小鳥遊くん」
「なんスか」
「クラシカルメイドさんも、めっちゃかわいいよ」
ほれほれ。なんて言いながら、ひらりひらりとスカートが揺れる様子を見せつける。
ふわりふわりと揺れる裾を、小鳥遊くんは目で追っている。
男の子は動くものに目が行きがちというけれど。
「小鳥遊くん」
「はいっ?!」
ガン見していたことの気まずさか。
必要以上に大きな声で返事をした小鳥遊くんに、私はスカートを抑えてやや上目気味に近付いて。
「えっち」
「コヒュッ」
ハートマークでも語尾に付きそうな甘ったるい声で彼をからかう。
喉奥に過分に空気を吸い込む、変な呼吸音が聞こえて。
「ピピーッ!! 空殿、アウトでござる!!」
「わ。びっくりした」
どこから持ち出したのか、ホイッスルの甲高い音が鳴り、強制的に小鳥遊くんとの距離が離された。
うーん。デジャブ。
「空さん! 純粋無垢な男の子には適切な距離感と与えてもいい刺激というものがあってですね!」
「そんな全男の子の夢が詰まった薄い本のようなムーブをかまして! 空殿は男の子をどうしたいというのでござるか!」
「死因・空氏」
「解せぬ」
男の子集団に口々に責められた。
頬を膨らませ、口を尖らせ拗ねているわたしの横で、瑪瑙先輩が頷いた。
「夏ちゃんは、ハニトラの才能があるねん」
「そんな才能いらないです」
ばっさり切ると、えぇー。と不満そうな声。
私のコピーのように、頬を膨らませて唇を尖らせていた。
先輩の顔を流し見ながら教室を見渡す。
壁とか床とか前面のホワイトボードとかは学校感が残る。
けれど、机にはおしゃれなクロス。椅子はカバーとクッションが。
床をなるべく隠せるようにと敷かれた絨毯は、桔梗院くんの私物。実家からわざわざ送ってもらったらしい。
企画書違反にはならないかと問うたところ、『絨毯、あるいはラグマットを敷く』の文言のみの登録だったため、誰がどこから持ってきても問題ないとのことだった。
そうした装飾品の効果も手伝って、いっぱしの喫茶店っぽくなっている内装。
二つある扉のうちの一つを隠すようにカーテンで仕切られたスペースは、裏方の仕事場所。
料理は裏方用の扉を出てすぐにある調理場所で作る。
カーテンの中では、品物の受け渡しを行ったり、飲み物を用意したりする。らしい。
らしいというのは、私は一切裏方のお仕事に関わらせてもらえていないから。
瑪瑙先輩にやんわりと、「夏ちゃんはこっち側に来なくていいんだよ……」なんて慈愛のまなざしで遠ざけられた。
理由は分かっている。
私が料理が壊滅的にできないから。
私が! 料理が! 壊滅的にできないからぁ!!
人目がなければ声高と叫んでいた慟哭は、心の奥に押し込める。
人には人の乳酸菌。得意不得意があって当たり前だもんね。
そう自分を納得させ、にわかに騒がしくなってきた裏方を、羨ましく思いながら表側の準備をする。
「たしか、開始は九時くらいでしたよね?」
「九時半だねぃ。だけど一般のお客さんの入場が十時半からだから、それまでは静かだと思うよん」
「それまでにできる下準備はやっておかないとですね!」
私の疑問に答えた瑪瑙先輩は、ふんすと意気込む星羅ちゃんに、「そうだねん」と穏やかに返していた。
「ま、基本的に始まるまでは裏方が忙しくて、始まってからはウチらが忙しくなるからぁ……」
覚悟しとくよーに。とお茶らけた様子で言う瑪瑙先輩の目の奥は、一切笑っていなかった。




