第六十五話 ミッション 12
時は現在。
私は緊張に駆け足になる鼓動を表に出すことなく抑え、平静を装う顔で葦原教官を見た。
「……天嶺空」
「はい」
「これは、貴様が仕掛けたものか?」
窓の外。
その景色から一切視線を外さずに問いかけてくる教官に、私は「いいえ」と噓をつく。
「私も驚いてはいるのですが、昨日からなぜか、校内に白髪や、赤や緑といったカラフルな頭髪に染めて来ている生徒が増えている様子です」
「……ああ、本当だ。白だけじゃなかったな」
白だけじゃないにしても、白髪の割合が多い。
そうぼやく教官に、私は内心、そうだろうな。と声に出さずに同意する。
小鳥遊くんが仕掛けてくれたメールには、カラフルな頭髪はポイント制。
しかも一番ポイントが高い色が白ということもあって、校内では白髪が大量増殖する結果となった。
「ふー……」
深い溜息、後、天井を仰いだ教官は、背後に垂れる髪をわずかに揺らして問いかける。
「……この現象に心当たりは?」
「ありません」
間髪入れずに嘘をつく。
小さく失笑を漏らした教官は、「分かった」と小さく呟く。
「ならば、想像でいい。なぜこんなに奇抜な髪色が増えたのか。貴様の考察を答えろ」
教官の意図を探ろうと、彼女の挙動を観察する。
私の一言で、私たちが犯人であると確信しようとしているのか。
それとも、本当にこの髪色事件の真相を知りたいだけなのか。
胡乱な目をしていることがバレたのだろう。
厳しい表情を一瞬崩し、教官は苦笑を浮かべた。
「評価等には関係しない。単に、君の考えを知りたいだけだ」
油断はしない。
言葉を選び、私は発声する。
「恐れながら」
「ああ」
胸を張り、言葉がはっきり伝わるように教官を真正面に捉える。
「文化祭が近いからだと思います」
「……ん?」
教官の表情が完全に崩れた。
厳しい表情でもなく、苦笑でもなく、混乱しているだけの顔。
理解が追い付かないと言いたげな顔をした彼女に、私は追撃をする。
「文化祭は往々にして、はしゃぎたくなるものです。普段と違う空気感。ある程度の羽目外しであれば許されるだろうと錯覚する雰囲気。それらが手伝って、このような頭カラフル畑ができあがったのだと想像します」
「頭カラフル畑って」
ツボに入ったらしい教官が、声を抑えて肩を震わせる。
気は抜けないが、先ほどまでの空気は霧散しそうになっている。
「……なので、この頭カラフル畑の中にいる誰かが侵入した可能性も否めません」
絶対に私はやっていない。
そう信じさせるように、身を乗り出して訴える。
本題に戻ってきた私に、肩を震わせていた教官は、咳払いを二回して、手でしばらく待てと静止してきた。
短時間では笑いの波が収まらなかったらしい。
きっと私は笑いのニューウェーブ。
脳内でふざけ倒している間も、鉄仮面は健在。
表情を崩さない。考えを悟られない。それだけを意識して、表情筋を必死にコントロールしていた。
「ひっひっひ、ふー……」
引き攣ったような笑い声がようやく収まる。
お腹を摩っていた。腹筋でも痛むのかな。
己の所業を棚に上げ、教官の奇行にも似た動作を眺めている。
やがて、痛みも治まったらしい教官が、背筋を伸ばして見下ろしてくる。
「貴様の考察は分かった。確かに、文化祭前の浮かれた空気の中では、この異常事態もあり得ないことではないのだろう」
ご理解いただけたようで。
なんてことは口に出さない。
完全に納得した様子でなければ、何が墓穴になるか、何が揚げ足になるか分からないから。
「これだけ同じ髪色がそこかしこを歩いているのを見れば……。確かに、貴様がこの写真に写っている人物であると断言はできないな」
教官の目を見つめる。
彼女も見返してくる。
何分、十何分?
ひたすら見つめ合う。もはや睨み合いの気分だった。
やがて、教官はおもむろに両腕を上げる。
まさか。期待に少しだけ気が緩む。
それを特に見咎められることもなく、彼女は「降参だ」と口に出す。
「降参、降参。わたしの負けだ」
いっそすがすがしいほどの笑顔を浮かべ、嬉しそうに彼女は言う。
「天嶺空。貴様の疑いは晴れていない。しかし、貴様であるという証拠も、この騒動で確信はなくなってしまった」
見事だ。
そう言い、拍手をする教官。私の肩に入った力がわずかに抜けた。
「いや、はや。生徒が自主的にこの問題に動いてくれてよかったよ」
ん? 首を傾げる。
教官の言葉に不穏な響きを感じたから、嫌な予感に鼓動が再び早くなる。
「あの、それは、どういう……?」
「ああ。この騒動の仕掛人は、わたしだよ」
金庫内に侵入した人物が、企画書の書き換えを行ったというデマを流布した。鬼沢教官も知っている。
そう言う教官は、先ほどまでの厳しい顔とは打って変わって、いたずらが成功した、嬉しそうな笑みを浮かべている。
子供のような無邪気さはなく、隙を見せれば喉元を食いちぎられそうな、邪悪な笑みを。
「生徒たちの対応を見ていたんだ。自分たちの領域……。今回で言えば企画書だな。それを侵犯されている時、どうやって動くのかを」
彼女は説明を話すその口で、企画書には、誓って一切の手を加えていない。と言う。
「な、なんだぁ……」
安心した私、床にへなへな座り込んでしまう。
可笑しそうに笑う教官に腕を引かれ、立ち上がるのを手伝ってもらった。
「まぁ、どうせデマだろうと根拠のない自信に胡坐をかいて、一切の動きが全く見えないようだったら、容赦なく企画書の書き換えは行ったがな」
ぼそっと付け足された言葉に背中が粟立つ。
恐怖と安堵が一斉に体を襲う。
再び腰が抜けそうになる体を、気合で何とか立ち上がらせる。
(よかった、よかったぁぁぁっ!)
早めに動いてよかった。
私の心臓は、早鐘の如く打ち鳴らされる。
「そうだなぁ。勇気ある君に、ひとつ、授業をしようじゃないか」
「授業、ですか」
「ああ。これだけ知っておいてほしいと思ってね」
彼女はにっこり作った笑みを浮かべる。
「疑わしきは罰するところもあるということ、覚えておいた方がいい」
「は……」
「仮に、国民全員が白髪の国があったとして。隣国等で犯罪の証拠映像に映った人物が白髪だった場合」
笑顔のまま、彼女は首を掻っ切る仕草を親指でした。
「国民全員を皆殺しにしようとするところもあるってこと。覚えておくといい」
今日一番、恐怖を感じた私。
這う這うの体で、教官室を後にする。
扉を閉める直前、背後から視線を感じる。
振り返る勇気は、もうなかった。




