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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第六十一話 ミッション 8

 喫茶店のベルが鳴る。

緊張に肩が強張る。

それを見せないように、こっそり深呼吸。

平静を装い、入ってきた人物を見上げる。


「やぁ。ふふ、君から声をかけるなんて、珍しいこともあるんだね」


 喫茶店、ボックス席。

向かい側に座る男性は、犬飼翠先輩。


 個人的に苦手な先輩。


 私は顔を顰めたい気持ちを押し殺し、にっこり笑みを作って浮かべる。


「お忙しいところ、お時間いただきありがとうございます」

「ふふふ。いいんだよ。陸とはもう、兄弟同然だから。実の妹である君も、僕の妹みたいなものだよ」

「やめてください気持ち悪い」


 あ。やっちゃった。

せめて嘘でも繕おうとしていた気持ちが秒でどこかへ行っちゃった。


 後悔というより自己嫌悪。

自身で決めた目標を達成する前にボロが出てしまったことに対する自己嫌悪。


 しかし目の前の彼は、心底面白そうにくふくふ笑う。


「んふふ。いいね。君はそうでなくちゃ」

「なんですかマゾですか」


 二の腕に鳥肌立った。

やめてほしい。心の底から。


「ご注文は」

「カフェオレをひとつと、ブラックひとつ。ホットでいいよね?」

「はい」

「両方ホットで」

「かしこまりました」


 注文にスラスラ対応する翠先輩へジト目を向ける。


「覚えてたんですねー」

「ふふふ。そりゃぁ、君のためだからね」

「うっわ人誑しのチャラ男だ」

「それはお互い様じゃない?」


 届いたカフェオレを飲みながら、彼は私を見て。


「君と僕は似ているんだよ」

「どこがですか」


 食い気味に行う、疑問の響きに乗せた否定。

感じ取ったのか、彼は肩を竦めた。


「君の、その目は僕に似ている」

「先輩黒色ですよね」


 訝しんで目を細めれば、ふふふといつものスカした笑い。


「違うよ」


 彼は自身の目を指差し、ゆっくり噛んで含めるように言う。


()()ことに特化している目のことだ」


 何を言う。

目は見るものではないのか。


 なんて反骨精神そのままに、屁理屈を捏ねてみるけれど。

薄っすら、何のことを言っているのか分かってしまった。


「……尤も、君は()()()()()()わけではないみたいだけど」

「……見てますけど? 目で」

「ふふふ。もし詳しく知りたくなったら、いつでも声をかけてくれ」


 意味深な笑い方。

彼はカフェオレをもう一口飲んだ。


「では、アイスブレイクも終わったところで」

「むしろ始まる前より固まってる気がするんですけど」

「本題に移ろうか」

「無視ですか」


 呆れを隠さず彼を見る。

お行儀を気にしなくてもいいのなら、片肘で頬杖でも突きたい気分だ。


「なんとなく言いたいことは分かっているけど、君の口から聞かせておくれ」


 ねちっこい音の響きで言われるものだから、鳥肌に重ねて鳥肌が立った。


(落ち着け落ち着け……)


 ふーっと、細くて長い深呼吸。

鳥肌はまだ残っているものの、不快感による動悸は収まってきた。


「……先輩は、金庫室に何者かが侵入し、企画が改ざんされた可能性があるという話は、聞いておりますか」

「もちろん」


 間髪入れずの肯定。

私は、なら。と話を続ける。


「翠先輩に、協力してほしいことがあるんです」

「それは、この問題に対する解決策かな」

「賭けにはなります。私の身ひとつだけの賭けです」

「聞こうか」


 私は、私の考えた作戦と、それに伴い翠先輩に協力してほしいことを伝える。


 伝えていくごとに、翠先輩の身体は、どんどん、どんどん、前のめりになっていく。

まるで好奇心掻き立てられる事柄を見つけた、子供のような表情で。


「面白いね。それがもしも失敗した場合は?」

「その時は、潔く退学でもしましょう」

「ふ、ふふ。ふふふふ!」


 うわこの人ずっとふふふしか言ってない。


 肩を震わせ、特徴的な声で笑い出した翠先輩を、引いた目で見るしかなかった。


「いいね、面白い。うん、面白い」


 言葉の通り、純粋に面白がっていることが見て取れる。


「ねえ。とっても興味深いんだ」


 差し出された彼の手は、私に触れることはない。

しかし隙を見せれば、その手は私の喉元でも掻き切ってしまいそうな圧を感じた。


「君は、自己犠牲の精神性で生きているのかい? それとも」


 言いかけて止める翠先輩。

その先を言うこともなく、私の答えを待っているのに、私はその問いに、即答することができなかった。

言葉が出てこない私を見て、彼は口角の片端を上げ、その隙間から空気を漏らす。


「君は、まだまだ発展途上だ」


 陸と違って。

その言葉に片眉を上げる。


「陸だって、まだまだ成長期だと思いますが」


 言葉に棘が交ざる。

まるで、陸はもう完成したと言っているようではないか。


 不満を隠さずにいると、先輩は空気を漏らした笑いを零す。


「陸は、彼自身の使い方を、よく分かっているよ」


 君はまだ、君自身の使い方を、十分に知らない。


 そう言って、彼は席を立つ。

伝票を片手に私を見下ろして。


「……君と僕の()()は、きっと似ているよ」


 それだけ言い残し、会計を済ませ、彼は喫茶店を出ていった。


「……協力してくれるのか、聞くの忘れた」


 緊張のもとがいなくなり、私は大きく息を吐いて、行儀悪く椅子の背もたれを滑り落ちるようにして、椅子に座り込んだ。

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