第六十話 ミッション 7
「……みんな、聞いて。チームリーダーたちの話し合いでは、現状維持になったみたい」
とある放課後。
文化祭の準備は一旦、どこのチームも止まっている現状。
私は、先輩たちを除いたチームメイト一年組と円を組んで密談を行っていた。
瑪瑙先輩に聞いたこと。
話し合いでは、意見が真っ二つに割れてしまい、結論が出なかった。
結局、これからも話し合い自体は続けるつもりではいるが、真実が分からない現状、準備を進めても徒労に終わる可能性があるだろう。とのこと。
それを告げる私の顔は、きっと深刻な顔をしているに違いない。
「巻き込むことになってごめん。だけど」
俯いていた顔を上げる。
そこには決意みなぎり、どこかワクワク感も隠しきれないチームメイトである作戦参加者の三人と、ヘッドホンを着けて音を完全遮断している桔梗院くんの顔。
「やろう」
三人は確かに、そして桔梗院くんは周囲の動きに合わせて頷いた。
「まず侵入路を確認するよ。目標の金庫室のある場所は、教官室の奥。入口は教官室を隔てる扉一枚のみ。窓は無い、換気口はあるけど、鼠くらいしか通れない狭さ。……で、よかったよね? 小鳥遊くん」
「ヒヒッ。映像解析すると、それで合ってるッスよ」
小鳥遊くんは、もはや抵抗もなくなった監視カメラのハッキングに勤しんでいる。
「それで、小鳥遊くんが金庫をスキャンして内部を確認してくれたよ。表面にはアナログ鍵と電子パスワード。解除後にもうひとつ扉があって、そこは指紋認証錠と電子パスワードが必要。それを突破すると金庫内部に侵入可能。……ほんとすごいよね、小鳥遊くん。天才」
純粋に、他の人がそうそう真似できないような特技がすごいと褒めると、彼は俯いてしばらく無言になってしまった。
「空殿。褒められ慣れていない相手にそれはいっそ毒でござるよ」
「解せぬ」
伊賀くんは小鳥遊くんを腕で庇ってる。
私から顔が見えない。何故。
「で、そんなすごい小鳥遊くんが」
「空さん、もう少し手心というものをですな……」
「解せぬ」
いつの間にかヘッドホンを取り外した桔梗院くんも、小鳥遊くんを庇い始めた。何故。
「もー、男子ぃ! 空ちゃんのお話遮らないでよ! 空ちゃん泣いちゃったじゃん」
「えーん」
星羅ちゃんがふざけて女の子側に立って言う。
乗って棒読みで泣き真似をした。話が進まない。
「……そろそろ真面目にやってもいい?」
スンッと泣き真似をやめて問いかけると、さっきまでのおふざけ雰囲気は霧散して、真剣な雰囲気が漂い始めた。
「金庫室内には、入り口に侵入者用のセンサー。監視カメラが二箇所。それから、ハックできないカメラっぽいものが映っていたんだよね?」
「そう。多分あれ、衛星とかにつながっていない旧世代のカメラだと思う」
「監視カメラが起動しなくても、姿は撮られちゃうってことね」
難しい顔をして唸る星羅ちゃん。
「誰かが入ったことは、結局分かってしまうのでござる」
どうする? と目で問いかける伊賀くんに、私はすっくと立ち上がる。
「配置を決めたよ。パスワードとか侵入路の確保、小鳥遊くん」
拳を握った手を小さく挙げる小鳥遊くん。
彼なりのガッツポーズ。心強い。
「教官の注意を引くのは星羅ちゃん」
「任せて」
胸をドンッと叩く星羅ちゃんは、鼻息をふんすと吐き出し、気合十分。
その様子を見て、私は目を細める。
その目にぎゅっと、きつく力を入れて、みんなに向き直る。
次に言うのは実行犯役。
真っ先に疑われ、死ねと言っていることと同義。
吐き出す言葉に緊張が籠る。
「それで侵入は伊賀くんと」
深呼吸、一つ。
一度閉じた目を見開き、確と私は口に出す。
「私がやる」
「……え?」
何も聞いていないと言いたげに、伊賀くんが二度見する。
私は彼の顔を見て、しっかり頷く。
「私は伊賀くんみたいに忍ぶ事はできない。気配を消すことだってできない」
スパイなんて、到底向いていない。
それは誰より、一番わかっている。
「でも、目立つことができる」
だから私は、あの時道化を演じた。
伊賀くんが少しでも動きやすいように。
首根っこ掴まれて放り出されようと、もしも模擬銃を撃たれようと、私は私の力を信じた。
人の目を惹く。この一点に置いては、私は自分を信じている。
「伊賀くんだけだと、全校生徒に疑いがかかると思う」
それは例外なく、私たちも。
そうなれば、きっと待つのは金庫を破られたという混乱と、疑心暗鬼。
もしかするとその騒動で、教官が重い腰を上げてくれる可能性もあるけれど、それは不確実な未来。
もしも教官たちが尚確認をしない選択肢を取った場合、考えられる最悪は、暴動。そして、退学者が多数出てしまうこと。
彼らに作戦の意図を伝えていく。
困惑していた彼らの表情は、伝わるごとに様々に変化する。
「だけど、私がこの髪の色を見せることができれば、疑いは必ず私に向いてくるはず」
そうすれば、私一人が矢面に立つことができる。
他の人たちへの混乱は、きっと抑えることができるはず。
しかし彼らの反応は芳しくない。
「それは空殿の負担が大きいでござる」
伊賀くんが眉を顰め。
「空ちゃんがそこまで危険にさらされる必要ない!」
星羅ちゃんは金切り声を上げ。
「リスクヘッジ! リスクヘッジをちゃんとするであります!」
「あばばばば」
桔梗院くんに体を前後にシェイクされた。
「大丈夫。ちゃんと考えてる」
シェイクタイムが終わり、車酔いのような気持ち悪さが落ち着いたころに、しっかり保険を掛けようとしていることを話し出す。
まず一つ。
「私への疑いは完全に払拭はされないと思う」
それはこの作戦の性質上、仕方のないこと。
下手を打てば、きっと私は退学になる。
「でも、誤魔化すことはできるって思っている」
だけど私には、危機回避のアイデアがあった。
華麗なる回避とは言い難い、綱渡りをするようなギリギリ回避には違いないけれど。
「こういう作戦なんだけど……」
顔を突き合わせ、内緒話。
作戦を丁寧に伝えていく度、やはり増えていく顰め面。
「これだと、拙者のみが侵入した場合と結末は変わらないのでござらぬか?」
「ううん。伊賀くん単体侵入の想定と違うのは、疑いは絶対に私一人に向くことになる。だけど、私であるという確固たる証拠もなくなる」
伊賀くんの懸念に反論。
少なくとも、私はこう考えている。と前置きを置いたうえで。
「つまり教官たちは選ばなくちゃいけなくなる。疑いはあるものの、無実の可能性が浮上した一生徒を、退学させるかどうするか。って」
正直言って、ギャンブルにも等しい作戦。
だけど、やらないといけないこと。
確認をせずに、指を咥えて退学になるかもしれない未来を待つか、白黒はっきりさせて、対策を取るか。
「これを達成するには、小鳥遊くん。貴方の力が必要になる」
彼の目を見る。
普段あっちこっちに泳いでいる視線と、今、確かに合っている。
「……やってくれる?」
小鳥遊くんは、挙動不審さを見せることなく、ひとつ強く頷いた。




