表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
126/152

第五十八話 ミッション 5 伊賀平蔵の世界

 彼が教室から飛び出して、五分は経っていないと思う。

同じ方向に駆け足で、目的の人物の姿を探す。


「見つけた」


 速度を上げて接近。

靴箱の周辺にいた彼の肩を、軽めに叩く。


「もう帰るのでござるか?」

「……伊賀くん」


 彼。桔梗院静江は、悩んだ顔をそのままに、苦い顔で振り返る。


「よかったら少し話したいのでござる」

「……小官は、何も話すことなどありません」


 ツンとそっぽを向かれてしまった。

肩を竦めた。

彼の肩に乗せた手を、そのまま握る形に変える。


「考え事は、意外と誰かと話した方が、解決策が見つかるものでござるよ」


 ぐぅ、と空気を押し出し唸る桔梗院殿。


「それに、拙者は説得に来たんじゃないでござる」

「ならば、なんのために」

「せっかくチームメイトになれたから、困っているときに相談に乗りたいと思う親切心でござるかね」


 彼はきゅっと唇を引き結ぶ。


「考えを変えろとは、絶対に言わないと約束するでござる。だけど、少しだけでも話す時間を拙者にいただけないでござるか?」


 しばらくの時間、押し黙って考えて、そして。


「……寮の門限までに間に合うのなら」


 頷いてくれた。

口元に笑みを浮かべ、力強く頷いた。


「約束するでござるよ」


 彼を促し、学食へ。

この時間帯に生徒はまったくいない。

食堂のおばちゃんも既に勤務を終えて帰っている。


(密談には、もってこいの環境でござるな)


 ついた席、それからその周辺の机と椅子を裏まで隈無く調べる。


「……何をしておられるので?」


 付近の壁も軽く叩き終えた拙者が顔を上げると、不思議そうな顔をした桔梗院殿が覗き込んでいた。


「盗聴器の類が無いかの確認でござる」

「なるほど。そこまで機転が回らず、申し訳ない」

「良いのでござるよ。どちらかといえば忍びとしての癖でござるゆえ」


 ようやく席に着いた拙者を見て、桔梗院殿はため息を吐く。

それにはどこか、羨望を含んでおられるようにも感じた。


「伊賀くんが羨ましいです」

「拙者が?」

「以前は、姿をお見かけすることもなく……。きっと隠れ潜み忍んでいたのでしょう。今は、それらを気にすることもなく、堂々と自分らしく振る舞われているように感じます」


 普段あれだけ声を張り上げて返答している桔梗院殿は、今はしょんぼり萎れて、声も小さい。

小さいとはいえ、一般的な会話の声量であるため、こうも小さく聞こえるということは、普段の声が大きいことの証左。


「拙者の場合は隠す必要がなくなったからでござるな」

「と、言うと?」

「拙者、伊賀家の家訓の内に、常に忍ぶべし、忍んだ姿を見破られたときは、その者を主君と仰ぐべし。こんなものがあるのでござるよ」

「なんと」


 驚いた風に目を見開く桔梗院殿。

やがて、彼はもしかして。と呟く。


「それは、天嶺さんの?」

「左様」


 見開いた目が細められる。

眉は寄せ、眉間にシワ。

ずいぶん難しい顔をしている。


「……伊賀くんは、それでいいのでありますか?」


 今度はこちらが何故。と問い返す番。


「こんな若い内に、その後の人生を縛られて」


 それは問い。

誰への問い。

きっと拙者に見せかけて、己へ問う、自問自答。


 桔梗院の名は知っている。

華族の縁戚で、代々お偉方のSPや、警察官僚や、こと防衛にかけて名を馳せる豪傑を生み出している家系。


 彼も家の()()()()や何某か、思うところがあったのであろう。


「拙者は、不満を持ったことなどござらぬ」


 産まれ落ちて早、十とそろそろ九年を経ようとする今。

とっくに忍びの者として生きる覚悟はできていたし、そこに不安も不満も無かった。

 周囲が普通の人間として生を謳歌している様を横目に、影に潜むことも苦痛はなかった。


 ただ。


「日の下に、憧れはあったでござるな」


 影に潜まず陽の光を浴び、誰かと笑い合いながら歩みを合わせる。

そんな経験し得ない生を、夢想することはあった。


「だから、空殿にはある意味、日の下へ連れ出してもらえたことになるでござるな」


 影に潜むことをせず、後ろに控えようとすれば隣を歩けと指示を出し。

普通の人のように扱い、普通の人のように笑い合い、普通の人のように歩くことができる。

これがなんと尊いことよ。


「……まぁ、とはいえ、拙者も相手の迷惑を考えず押し付けていたところはあるでござる」


 反省すべき点は多岐に渡る。

早めに気付く事が出来たのは、やはり兄君の言葉があってこそ。


「空殿の兄君に、『相手を困らせてまでするようなものか』と問われてしまいましてな」


 あれから、とてもたくさんのことを考えた。

実家の家訓。己の決意。行動。それらすべては、果たして押しつけをしていたのであろうか。などと。


「空殿を主君と仰ぐことをやめるつもりはありませぬ。然し、困らせるほど押しつけるつもりもありませぬ」


 苦笑を浮かべ、自嘲しながらも、今後と名を付けた未来への展望を語った。


「今は、友人として傍におりながら、御身守り抜く所存でござるよ」


 桔梗院殿は黙り込んでしまった。

彼の視線は机の上。気を紛らわすための何かを差し入れようにも、今はおばちゃんがおらぬゆえ、飲み物を買うこともできない。


「……小官は、己の理念を押し付けていたのでありましょうか」


 ポツンと語り始めるのは、桔梗院殿の生い立ち。


「昔から……。そういうところはありました。規則を守ること、それが何よりの秩序維持であると、心の底から信じておりました」


 でも。

彼は顔を歪めながら、言葉を吐いては息を吸う。

それは、溺れる者の喘ぎにも似た、ひどく苦しい呼吸音。


「それは、周りの人々には煙たがられていたのでありますな。……石頭ゆえ、今の今まで気付くこともできませんでした」


 俯く顔に浮かんだ笑顔は、笑みと呼べるものでなく。

歪んだ弧を描く唇。吊り上がったその目は、今にも一滴、零れ落ちそうなほど震えている。


「……別にいいのではござらぬか?」

「は……?」


 上げられた顔、呆け顔。

唖然とした目に笑って、それでもいい。と再度言う。


「そういう堅物も、組織には必要でござるよ」


 むしろ、堅物だからこそ規律を重んじる自衛軍には必要と……。つまり?


(むしろ、空殿が不適合でござるか?)


 彼女の行動を思い返してみる。


 先輩の制止を振り切り敵陣から突き返される。

上の決定を待たずにとんでもない行動を取ろうとする。

 破天荒。

その言葉がぴったりくる無法者。


 なんてことだ。

我が主君が目指す場所に、そもそも適していない可能性があったとは。


 驚愕の事実に言葉を失っていると、目の前から神妙な声。


「小官も、なれるでしょうか」

「誰に?」

「天嶺さんに」

「無理でござろう」

「なぬっ?!」


 バッサリ両断。

心底驚いたと言いたげな、これ以上ないほどの驚愕を顔に貼り付け、大袈裟なほどに仰け反った彼に。


「考えてもみてくだされ。空殿アレを真似できるとお思いか?」


 恐らく彼の頭の中には、ぽやーんと呑気で、ぽへっとしてて、なのにいつの間にか好かれる人を増やしている、空殿の顔が浮かんでいるのでござろう。


 やがて、喉の奥から堪えた笑い声。

それは段々と大きく大口を開けた哄笑へ変わっていった。


「無理でありますな!」

「そうでござろう?」


 可笑しくなって、二人で笑う。

今頃、空殿は、あの教室でクシャミでもしているのであろうか。

そんな想像すら、笑いの種となって仕方がなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ