第五十五話 ミッション 2 葦原莧菜の世界
わたし、葦原莧菜は現像した写真を見て頭を抱えている。
出張後の出勤一発目に起こってしまった、看過できない重大な出来事。
それが、この一枚の写真に写っていた。
「鬼沢教官。これってどう見ても……」
「……残念なことに」
「ですよね。この白髪はどう見ても、天嶺空のものですよね……」
昨晩、第二期戦闘試験という名の文化祭、その出展企画書が仕舞われている金庫室に何者かが侵入した。
晩、というよりは、放課後に近いかもしれない。
出展準備に追われる生徒たちの、帰宅リミットギリギリの時間帯に侵入したものと思われる。
「昨晩、放課後の当番は鬼沢教官でありましたな?」
「ああ。しかし、この時間帯に警報は……。鳴っていなかった」
その上、定期的な見回りでも誰も見かけることはなかった。と。
「どのように侵入したのかも問題ですが……。まず、当人の処罰を考えねばなりませんね」
見た目こそ目立つ生徒ではあったものの、人当たりも良く、人望に優れている生徒。
成績は、まあ……。第一期の試験で大きく失敗をしたところをギリギリ拾われたようなものであるから、今のところは真ん中からやや下のあたり。
定期的な小テストなどでどうにか繋いでいるところがある生徒だ。
頼めば手伝いもよくしてくれている、わたしにとってかわいい生徒ではあるが。
「これは……。金庫破りは重大事案ですし、どれだけ低く見積もっても退学ですかね」
鬼沢教官の肩が揺れる。
僅かな沈黙の後、返ってきたのはため息混じりの「ああ」。
ピーン。久しぶりにいたずら心が疼く。
「そういえば、最近、天嶺空にパパって呼ばれているんでしたっけ?」
「……」
「そりゃあ、娘のような生徒が退学の危機と聞けば、平常心では居られないですよねぇいたただだだだだっ! アイアンクローはっ! アイアンクローはやめてください! 浮いてる、浮いてる!」
「無駄口叩く暇があるなら仕事しろ」
「ひゃい……」
鬼沢教官の厳しさや厳つさは、わたしがこの学校の生徒であったときから変わらない。
だが最近は、ほんの少しだけ、時折見せる空気が柔らかくなったと感じる。
それもきっと、天嶺空が関わってから。
(失うには惜しい人材だ)
もう一度写真を見る。
そこには、ほっかむりを被って、体のラインが出ない服を纏い、しかしその隙間から白髪が零れている人物と、もう一人、性別も背格好も不明な、残像として残っている人物の、二人の後ろ姿が残っている。
何度見ても、そのうち一人は白髪だった。
私情と仕事は別のもの。
わたしは受話器を取り上げ、校内放送に繋ぐ。
金庫室侵入の容疑で、天嶺空を呼び出すために。
***
「お待たせ致しました! 一年、天嶺空です!」
「入ってくれ」
「失礼します!」
放送を入れてしばらく。
ノックの音とともに、天嶺空の声が響く。
入室の許可を与えれば、キビキビと入室してきた。
「どのようなご要件でしょうか」
「うん。まずはこれを見てくれないか?」
首を傾げながら、わたしの出した写真を覗き込む天嶺空。
「これは……。なんですか?」
「写真だよ。昨日の」
「そうなのですね。……髪、白いですね」
「そうだな」
天嶺空は、自身の髪を一房持ち上げ、まじまじと見る。
「……白いですねぇ」
「そうだなぁ」
ほのぼのとした口調。
だが空気は緊張でずっと張り詰めている。
「……いやいやいや?! 待ってください、教官! これ、どこで撮った写真ですか?! 私、昨日こんな布、着けてないですよ?!」
誤魔化すためかあるいは真か。
大慌てで弁明の言葉を叫ぶ天嶺空に、静かに。と命令する。
「失礼いたしました」
「いい。天嶺空」
「はい」
「これは、どこだと思う?」
彼女は首を傾げる。
しらばっくれているのか、それとも本当に知らないのか。
その真偽は、わたしにはまだ分からない。
「金庫室だよ。セキュリティが頑丈に作られているはずの」
写真を指でタンと叩く。
「本来であれば、生徒には許可を出すはずのない場所にな、白い髪の人物がいたようなんだ」
「……私を、疑っていますか」
頷きも返事もしない。
立ち上がり、カツリカツリ、靴裏を床で叩いて天嶺空へと近付いていく。
私の頭一つ分、目線を下に。
「天嶺空。金庫室への侵入、及び中の企画書に対する不正容疑で、貴様を退学処分と――」
「待ってください!」
天嶺空の叫び。
俯いた彼女から、震える声で抗議が入る。
「これ、私じゃないかもしれないです」
片眉を上げた。
そんな訳はない。
こんなにも特徴的な証拠が、バッチリ残ってしまっているのだから。
「見苦しいぞ、天嶺空。命乞いならもっとマトモな……」
「葦原教官! ……私への処分は、こちらを見てから考えても遅くはないと愚考します」
「……ほう?」
さてさて。この生徒は何を見せてくれるのか。
お粗末すぎる命乞いに、呆れが半分。年甲斐もなく、興味が湧いたときの好奇心が半分。
彼女は大きく息を吸い、そして――。
「こちらが! その写真の人物が、私ではないかもしれない証拠です!」
教官室の窓。
そこにかかっていたカーテンを、勢いよく開いた。
「……はぁっ?!」
驚いて、思わず窓に駆け寄っていく。
そこから見えた景色は、わたしの常識の外にある光景で。
「な、な、な……!」
言葉がうまく出ないわたしの背後で、天嶺空はどんな表情をしているのだろう。
「なんだこれはぁぁぁっ?!」
白、白、白。
そこには、行き交う生徒たちの髪の毛が、一様に白髪になっている景色が映されていた。




