第五十四話 ミッション 1
出店の準備を始めて数週間。
当日着る予定のメイド服の試着をしている最中。
勢いよく扉が開いた。
「あれ? 伊賀くん?」
内装の飾りを買いに行った、伊賀くんたち裏方班。男手ということで桔梗院くんも同行していった買い出し班。
帰って来るには些か早いのではないかと思う時間に、息を切らして転がり込んでくる。
「いっ……! 急ぎ! ご報告が!」
「どうしたどうした。まず水飲みなぁ。んで、息整えて」
「はい、お茶」
「か、かたじけない」
傍らにあったペットボトルのお茶を手渡し、伊賀くんがそれを勢いよく飲み干す。
星羅ちゃんが、あ。って顔をした。
「それ、空ちゃんの飲みかけ」
「ブフゥッ?!」
噴き出した。汚い。
「んなっ、なっ?!」
「空ちゃん、開けてないやつなかったの?」
「うん、無かったね」
のほほん。星羅ちゃんと膝を突き合わせて話していると、伊賀くんが喚いた。
「もっと己の身を気にしてくだされ!」
「言っても飲みかけのシェアなんて誰でもやるよね?」
陸や海とも普通にシェアしていたし。
そう言えば、伊賀くんはがっくり肩を落とした。
「それで、何があったん?」
瑪瑙先輩が伊賀くんに問う。
彼も息を整えて、ようやく本題を話し出す。
「教官殿に預け、保管していた企画書が、流出している可能性があります!」
「大問題じゃん」
思わず口を挟んだ私の言葉は、妙に間が抜けていた。
かくかくしかじか。伊賀くんがやや早口で報告した内容に、瑪瑙先輩は頭を抱えていた。
「話をまとめるとぉ……。教官の保管していた金庫を何某かの方法で破り、中には入っていた企画書の内容を変更された……可能性がある、と」
「左様でござる」
「そんな神業できる奴いたんだ」
瑪瑙先輩はいっそ感心している。
「金庫は厳重なのが当たり前とは思うんですが、そんなに感心するレベルですか?」
星羅ちゃんがきょとんと聞く。
瑪瑙先輩は頷いた。
「まず大前提としてねぇ……。見つかったら退学です」
「その一文でヤバさが分かりました」
真顔で口を一文字。
神妙に頷く星羅ちゃんだった。
「それに、教官室の金庫は、鍵が持ち回り制って聞くんよ。今日は誰が持っているのか、当然ながら生徒には一切知らされない」
「鍵をスるのはほぼ不可能ですね」
「教官達からスリを働ける人間がいるなら、それは相当な天才だと思うよん」
瑪瑙先輩がさらに言うことには、金庫の頑丈な性能。
物理的にも頑丈ではあるが、それ以上にセキュリティが相当強固にできているという。
「表面を見た限りだけどねぇ。鍵必要じゃん。そんでその後に電子パスワードも必要なのよん」
しかもそれは表面だけだから、中がどうなっているのか分からない。
さらに鍵が必要な盤面があるのか、そのまま内部にアクセスできるのか、それは教官以外分からない。
「それに。金庫がある部屋にはカメラや侵入者用センサーも設置されていてなぁ。誰もいないときでも、誰が入ったか、誰かが侵入したかが分かる仕様になってるのよん」
「なんでそれ、分かるんですか?」
金庫の部屋に入ることって、生徒ではあんまり機会はない気がする。
瑪瑙先輩は顎に指一本置く。
記憶を思い出しているように、視線は斜め上。
「教官の手伝いだったかねぇ。金庫のある部屋の外で待ってたんだけどぉ、教官が入るときと出るときの二回、中を見ることができたんだよねん」
その時に流れで、センサーとカメラの話を聞くことができたのだとか。
「でーもこの流れはまーずい。ひっじょーにまーずい」
苦虫を噛み潰したような顰めっ面をして、瑪瑙先輩はこめかみを揉んだ。
「企画書が書き換えられても、書き換え前の状態は教官が把握してるんじゃないですか?」
控えめな挙手と質問をする星羅ちゃんに、顰めっ面のまま、瑪瑙先輩は答える。
「全部を詳細に覚えておける教官は居ないと思うよぉ……。把握してても企画書が全てだからねん。もしも本当に書き換えられているのなら、当日、許可をもらった範囲外の行動をしてしまうことになるねぇ」
「それ、なにかまずいですか?」
星羅ちゃんの前、苦笑の瑪瑙先輩。
「まずいまずい。許可をされていない出店をしたって理由で、良くて減点、下手したら退学処分」
「えっ?!」
「ええっ?!」
星羅ちゃんも驚いていたけれど、私も驚いて声が出た。
「これ、もしかすると大量の退学者が出てまうねぇ」
「そんなのんびり言っている場合でござるか!」
ようやく落ち着いた息を再び上げて、伊賀くんが声を荒げる。
「今からでも金庫の中を確認させてもらうとか、できないですか」
瑪瑙先輩へ問う。
彼女は首を振る。
「基本、金庫にしまわれている企画書は、それで完成って扱いだから、後から勝手に変更される不正を防ぐために、確認もできないことになってるのよねぇ」
八方塞がり。
この言葉がぴったり過ぎて、歯痒さに下唇を噛む。
困った困ったと緊張感の欠片なく嘆く先輩の顔は、本気で困っている。
「教官立ち会いのもと、確認することもできないんですか?」
「それも原則できないことになってるよん。ヒューマンエラーで他のチームの企画が見える可能性だって、無いとは言えないからねぇ」
「でも、この金庫が破られた可能性があるということは、教官達の落ち度として責められるべき事由では?」
それはそうだと瑪瑙先輩は肯定する。
それでも、できないと彼女は言った。
「教官達も馬鹿じゃないよ、夏ちゃん。この金庫破りの噂がデマであって、金庫を開けさせることが目的である可能性がある以上、生徒は金庫に近付けさせない」
「そんな……」
本当に中身が変わっていた場合、たくさんの人たちが退学になる可能性があると聞いた以上、このままではいけないことは分かっている。
(でも、どうしたら……)
妙案は思い浮かばない。
頭はずっと抱えたまま。
やがて買い出しをしてきた買い出し班が戻って来るまで、私はずっと頭を痛めていた。




