第五十一話 空の模様 2
「福岡さん、昨日はどうもありがとう」
予報にない大雨が降った翌日。
帰宅時にパニックになっている人たちを横目に、私は借りた傘で悠々自適に戻ることができた。
ただ、折りたたみ傘は女性一人用想定だったようで、陸と海。それから伊賀くんは先に走って帰ってもらったけれど。
「どういたしまして」
昨日の功績なんてどうでもいいと言いたげに、福岡さんは乾いた傘を受け取った。
「福岡さん、昨日の予知? すごかったね」
「そんなことないよ。ただ、集めていた天気のデータによると、昨日の温度、湿度、雲の形と動き辺りを見れば、降るってことは分かったし」
「福岡さん、そんなことまで分かるの?!」
驚愕した。
単純に、雨の匂いを感じたからなんて、野生染みた理由じゃなかった。
「うん。天気って面白いんだよ。人間にはコントロールできない自然の領域でありながら、データを精密に掌握できれば、次の空模様がどうなるかっていうことも明確に分かるし」
「それをしようと思えることがすごいよ」
「そんな、わたしなんて。趣味の延長上でそうやってるだけで、もっとすごい人はいっぱいいるから……」
謙遜なのか。
頬を染め俯く姿は、恥ずかしがっているというよりも……。
(罪悪感を感じている?)
どうしてだろう。
ここまで凄いことができる人なのに、妙に自己肯定感の低い発言も気になるし……。
ただ、福岡さん自身が、彼女の能力を卑下しているように見えるのだけは、どうにも許せそうにない。
「……たしかに、もっとすごい人はたくさんいるかもね」
「でしょう?」
「でも私は、福岡さんの天気予報が一番すごいって思ったよ」
福岡さんが固まった。
まるでそんな事を言われるとは思ってもみなかった、なんて言い出しそうな顔で。
「だってそうだよ。昨日、天気予報では確かに晴れてたんだよ。降水確率だって、十パーセントくらいしか無かったあの快晴で。いったい誰が、雨が降るなんて予測できると思う?」
天気予報は、気象予報士ってプロが、長い時間を積み重ねて正確になっていった予報技術を使って毎日放送しているもので。
それをひっくり返す正確性を、神業と言わずして何と言おう。
「福岡さんのその趣味は、いつかたくさんの人を救うことができる、とってもすごい力なんだよ」
「そんな、大げさな」
「大げさじゃない! だって、天気が正確に分かるって、それだけで現場の安全性を高めることだってできるかもしれない!」
つい熱の入る言葉。
引いて反れた背。間に空いた隙間を埋めるように、私は身を乗り出して近付いた。
「晴れている想定で山に救助に行って、予想外の雨が降った時、その場で救助作戦を変更しなきゃいけなくなるでしょう? それだけですごいタイムロス。助かる命だって、助からなくなるかもしれない!」
「天嶺さん、お、落ち着いて……」
「福岡さんの正確な天気予報の力があれば、現場で働く人も救助を待つ人も、みんなが助かるんだよ!」
落ち着けと言われるだけで止まれる訳がない。
行く場所によっては喉から手が出るほど欲される力を、軽んじられている。
それだけじゃなくて、福岡さんが、自分自身のことを卑下しているのは、きっと劣等感を抱いているから。
なんでそうなったのか、私には分からない。
でも、彼女は苦しんでいる。そのことが気に食わない。
「私は、福岡さんのその力を、すっごい尊敬できるって思ったよ」
「……わたしの、天気の予測の力を?」
「それだけじゃないよ。そこまで正確に予測できるのは、福岡さんの努力があってこそで、それだけじゃなくて、天気へのセンスもすごいんだと思う」
福岡さんは、「わたしなんか」なんて卑下されていい人間じゃない。
この世界にたった一人の、得難い人間なんだって、いったいどうしたら分かってもらえるのだろう。
「私は、そんな努力ができて、センスもたっくさん溢れている、福岡星羅って女の子を尊敬してる!」
歯痒い思いをたくさん抱えてしまうけれど、それでも今の私に伝えられる精一杯を、彼女に対してめいいっぱいぶつける。
「福岡さんはすごい人だよ!」
「天嶺、さん……」
言葉を失った様子の福岡さん。
一方、私。
(やっちゃった)
そこまでたくさん話したことのない人に対して、とんでもない弾丸トークを披露してしまった気がする。
気がするじゃない。しちゃった。
(絶対引かれてる。絶対引かれてる!)
体から変な汗が噴き出してくる。
笑った顔の口の端が痙攣している。自分で制御が一切できない痙攣している。
福岡さんは俯いて黙ったまま。
どうしよう。
(気に障ること言っちゃったかな。多分口滑らせた内のどれかで言っちゃっている気がする)
脳内会議は騒がしく。
だけど顔には頑張って笑みの形を貼り付ける。
何を言われても、例え怒られても可笑しくない空気の中、顔を上げた福岡さんは。
「空ちゃん……。好き」
頬を染め、眉を下げ、目は潤み、感激したように胸の前で手を組んで、福岡さんが言ってきた。
「福岡さん?」
「星羅って呼んで?」
体がくっつくくらいに近付いてきた福岡さんに、今度は私が身を反らす番。
「せ、星羅、ちゃん?」
「うんっ!」
星羅ちゃん、と彼女を呼ぶと、とても嬉しそうに腕を組んでくる。
私は予感した。
(あ。星羅ちゃん。伊賀くんタイプかな)
なんて。




