第四十九話 泥棒猫の情報戦 3
「なんとなく……?」
「うーん。うん。なんとなく」
第一期戦闘試験のあの時に見えたあの景色。
陸がいて、離れたところにいる瑪瑙先輩が見えて、不気味にぽっかり、そこにいないように見える気配の翠先輩が見えたあの景色。
あれと同じ景色を伊賀くんにも感じた。ただそれだけ。
「でも、伊賀くんはてっきり気配が薄いだけの人で、まさか他の人に見えていなかったとは思わなかったから、そこは驚いたかな」
まさか瑪瑙先輩が伊賀くんの自己紹介をわざと抜かすとは思えなかったし、あれは演技じゃないと確信している。
「……もし、私が気付かなかったらどうしてたの?」
「……と、言うと?」
片眉を上げ、伊賀くんは首を傾げる。
「だって、気付かれなかったらずっと欠席扱いだよ? 文化祭、欠席ばっかりするつもりだったの?」
下手したら成績にならず、退学にだってなりうる。
伊賀くんの真似をして首を傾げると、彼は言いにくそうに口ごもりながら、なんとか言葉を吐き出していく。
「実家の……。決まりなんですよ」
「行事や試験に参加しないことが?」
「そうではなくて……」
なんとも煮え切らない。
それでも何かを伝えたそうにしていたから、私は彼の言葉を待つ。
じーっと待って、じーっと待って、突然。
「伊賀家家訓三箇条!」
「うわびっくりした」
叫んだ。突然。びっくりした。
思わず耳を塞いでしまう。
私の行動に構わず、伊賀くんは家訓とやらを唱え出す。
「ひとつ! 伊賀家たる者、いついかなる時も常に忍ぶべし!」
足を肩幅に開き、腕を後ろで組む起立のポーズ。
応援団の団長ばりに声を張り上げて、全然忍んでいやしない。
「ひとつ! 主君に仕える時、命を賭してその影となり尽くすべし!」
言っている家訓が普通の家庭と乖離していることは目を瞑る。
忍者だから、きっとそれが普通なのだと、知らない世界を垣間見る。
「ひとつ! 万が一、同業以外に隠し身を見破られた場合! その者を己が主君と仰ぐべし!」
大きな声で三箇条とやらを唱え終えた伊賀くん。
深いため息を吐ききって、息を整える深呼吸。
やがて呼吸が落ち着いた彼は、静かに言葉を連ねていく。
「成人まで見破られることなく日常を過ごすことができた者が、次代伊賀家当主となる決まり」
その静かな独白には、確かな決意を感じてしまう。
「見破られたものは、その者を主君とし、生涯仕える決まりがあります」
話の風向きが変わった気配がした。
なんだか複雑になりそうな予感。
顔を上げた伊賀くんの視線は、既に私をロックオンしていた。
「天嶺殿! 自分はあなたを主と仰ぎたい!」
「無理です」
「なんと?!」
食い気味に否定したのは許してほしい。
でも無理! 世界観違いすぎて絶対無理!
「だって私! 一般人!」
「一般人が忍びの気配を見抜けるとお思いか!」
「だとしたらこの学校には多分主君候補いっぱいいるよ!」
翠先輩とか、翠先輩とか、翠先輩とか!
「否! 自分は他でもない、天嶺空殿を主君と仰ぎたい!」
「なんでよ!」
「勘!」
「勘で将来決まってたまるか!」
言葉の応酬に息を切らす。
目の前の伊賀くんも、肩が上下している。
「埒が明きませぬな」
「諦めてくれればいいだけじゃ?」
「なれば! 天嶺殿ご自身が! 己が主君の器とご理解いただけるよう! 日々影となり手足となり働かせていただく所存!」
「勘弁してください」
本気で勘弁してください。
懇願は軽めにスルーされ、それに、と彼はさらに言う。
「天嶺殿は自分が影とならずとも、忍びの習性について知っておいて損はないかと」
「忍びの習性?」
この、見つかった人には生涯仕えるとか、そんな違う世界の話のことだろうか。
(なんか違う生き物みたいに話すな、この人)
習性とか言ってるし。伝統とか、そういうものじゃなくて。
「軍部の上に上り詰める気がお有りならば、いずれ忍びの者とも相見えることになるがゆえに」
「なんで?」
続く言葉に耳を塞ぎたくなった。
「忍びは国の暗部でござるゆえ」
「待って待って待って! 理解が追いつかないっていうか理解したくない!」
今度は私が叫ぶ番。
耳を塞いでみたり、あーっ! って意味のなさない長音を吐いてみたりして、誤魔化し、誤魔化し、やっぱり無理だ。
「忍者って暗部なの?! 暗い部門って書いて暗部なの?!」
「そうでござるよ」
「やだー! 知りたくなかった! 忍者ってテーマパークのマスコットキャラクターだと思ってたー!」
「ふはははは! 諦めよ、いずれ上に登るにつれ知る事実がゆえ!」
「そんな重い秘密抱えるの嫌すぎるんだけどー?!」
知るのはもっと後でよかった。
肩を大きく上下させ、頭痛を堪えて額を抑える。
「……これ、学校で知ってる人ってどのくらいいる……?」
「生徒では、まあ、よっぽどなお偉方の身内でない限りは聞きかじりもしないでござろうな」
「……鬼沢教官とか、知ってたり、する?」
「彼は上層に入る前に引退しておられるそうなので、恐らく知らぬことと」
「実質知ってるのって私だけ?」
「本人である自分もでござるよ」
「ただし本人は除くと言わせてもらうね」
「御意」
深いため息。
これ、一介の学生である私が知ったって知られたら、消されはしないだろうか。
「万が一、天嶺殿に害が及ぶことがあろうと、自分が身を賭してお守りいたす所存」
「伊賀くん……」
きゅん。なんてしない。
「伊賀くんがバラさなければ、害なんて起こるはずもなかったんだよ?」
「それは誠に申し訳」
メンゴって、古い謝罪を軽い口調で言われた。
多分あれは謝っていない。
「もー……。知っちゃったのはいいや。知ったことをできるだけバレないように生きていく」
「頑張るでござるよ」
「他人事?」
フェンスを背にもたれ掛かり、大きく広い空を見る。
雲ひとつない晴れ模様。
入道雲の見えない、秋空が広がっている。
「伊賀くんってさぁ」
「はいでござる」
「口調、随分忍者なんだね」
何気なく、話題を変えて振ってみる。
しばらくの無言、後、ハッ!
我に返ったように彼は、自分の口を片手で塞いでいる。
やがて彼は、諦めたようにため息とともに白状する。
「拙者、実は口調が……。忍者なんでござるよ」
「そうだね」
自明の理。
見ても聞いても取り繕った猫の面が、ボロボロ剥がれ落ちている。
「なんで口調を隠すの?」
「この学校でござるとか拙者とか言っていれば、教官殿にボコボコにされてしまうでござろう?」
そりゃそうだ。
当たり前の理由に思わず笑ってしまった。
「ちょっと忍者感は隠せてなかったけどね」
「エッ」
青天の霹靂みたいな顔で見てきた。
自覚なかったんかい。




