第四十八話 泥棒猫の情報戦 2
伊賀くんが取ってきた情報は、実に有益であった。
「纏めると、喫茶店被りはあるが、コンセプトとしてメイド喫茶という企画はない……と」
「今、打ち合わせをしているチームのものだけになります。残り十三チームほどの動向は不明です」
「……いや。かなり有益な情報だ。よくやった」
ここに来て、黒澤先輩が初めて微笑んだ。
驚いたように目を僅かに見開く伊賀くん。
彼は、何かを言いたげにこちらを見てきたから、私はにんまり笑って肘で小突く。
「やったね」
小声で一言、称賛を。
先輩からも褒められているのに、伊賀くんはどこか不満そうな様子。
「……よし。一応今のところ被りはないということで、一旦このまま進めていくぞ」
「おー!」
「天嶺の妹はもっとスパイ行動の意味を考えろ」
「おー……」
元気よく同調したら叱られた。
テンション下がった。しょんぼり。
伊賀くんはオロオロしてた。
ありがとう、気にかけてくれて。
「だが今後被りが出てこないとも限らない。時間的にも優位を取るために、企画をさっさと纏めていくぞ」
いつの間にか瑪瑙先輩ではなく、黒澤先輩が指揮を執っている。
僅かに視線をずらしてみると、机に突っ伏し今にも寝入ってしまいそうな瑪瑙先輩の姿。
(疲れているんだなぁ)
そっとしておくことにした。
***
「天嶺殿。少し時間をいただいても?」
「お?」
「ん?」
「あ、伊賀くん」
放課後、寮の方に向かって揃って帰ろうとしていた私たち、天嶺三兄妹。
突然後ろから声をかけられて振り返る。
三人が寸分のズレなく揃って振り返る様に圧倒された様子の伊賀くんが、言葉にほんの少し詰まりながら、私の名前を指名する。
「私? え、なになにー?」
「なんだ空。告白か?」
そんな事を言う割に、口元がニヤついているから多分本気で言ってはいないであろう陸。
「告られてくるー」
「夕飯前には帰ってきなよ」
海の言葉にヒラヒラ手を降って、緩くふざけ混じりに返事をし、私は伊賀くんの元へ向かった。
「お待たせ。ここで話していい話?」
「いや……。できれば耳目のないところが好ましいかと」
「えっ、本当に告白だった?」
「違います」
「食い気味じゃん」
茶化し気味に話題を振るも、食い気味に否定。
そっか、勘違いされるの、よっぽど嫌なんだね。そっか。
「茶化してごめんなさい」
素直に謝る。
伊賀くんは戸惑った風に、その手を左右に振った。
「や、その、茶化しは問題なくて……」
視線をやや下に。
私の足元の辺りを見ている伊賀くんは、小さな声で呟いた。
「その、天嶺殿がせ……自分と懇意であるという誤解を受けるのは、嫌ではなかろうかと」
口籠り、頭を掻いた彼を見て、私は心当たりに頷いた。
「なるほど。初心か」
「どこをどう見てそう思った?」
ジト目で見られた。違ったらしい。
「それなら、どういう話? 文化祭の話じゃ無いよね?」
それなら私に言うより、作戦会議の時に発言したほうが話が早い。
屋上に繋がる階段を歩きながら、伊賀くんは首を振って否定する。
「天嶺殿は」
屋上の扉を開ける。
よく晴れた秋空に吹く風が、少し肌寒く感じる。
階段を上がって火照った肌に気持ちいい。
「うん」
空を背に。
入り口に立つ伊賀くんへ振り向いた。
「自分のこと、気付いていましたよね」
それは確信を持って聞いている、質問の体を成していない質問。
「なんのこと?」
首を傾げる。
言っている意味が、いまいちよく分からなくて。
「自分が教室に潜り込んで気配を消していた時、天嶺殿は敢えて目立つ行動をとっていたのではないですか」
「ほ?」
日向先輩の泥棒猫事件のことだろうか。
私がポカンと間抜けに口を開けている間にも、伊賀くんの口は止まらない。
「天嶺殿が連れ出される時、廊下でも大袈裟に騒いで他の教室の人たちの注意を引いてくれていたお陰で、あの一帯の出し物企画を容易に知ることができました」
彼は深く頭を下げる。
慌てる私の目の前で、彼は感謝を述べてくる。
「今日、自分が情報を取ることができたのは、天嶺殿のお陰です」
ありがとうございます。
そう言う伊賀くんの言っていることに、ようやく理解が及んだ私。
「私はなんにもやってないよ」
「でも、気付いてましたよね」
自分の存在に。
その言葉に宿る、確信。
(伊賀くんは確か忍者のお家だったから……。気が付かれたら不味かったのかも)
私は顔の前で両手を合わせて「ごめん」って言う。
「修行中の忍者は気付かれちゃいけないって決まりがあった?」
伊賀くんの頭が、勢いよく左右に振られてもはや残像。
「そんなことはまったくござ……いません!」
「ちょっと詰まったよね。私に気を遣ってる?」
本当はダメなのに、心配させない伊賀くんの優しさとか。
「や、これは違うもので! とにかく、気を遣っているとか、そんなことは本当に一切ありません!」
「ほんとうにー?」
「誓って!」
さすがにこれ以上残像を残す勢いで首を振っているのは、彼の首が心配になってくるから納得したように頷いた。
ようやく勢いが止まった伊賀くんの頭。
ホッとした私。よかった、首もげなくて。
「……それで、どうして気付いたので?」
最初の質問に戻って聞かれても、私は首を傾げるしかない。
「なんで気付いたって言われても」
苦笑いで頬を掻く。
継いだ言葉に、彼の目が見開かれた。
「なんとなくそこにいるって分かるしなぁ」




