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空は、まだ咲いていた  作者: 宇波
第一章 自衛軍士官学校 〘3〙文化の祭りに第二期試験
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第四十四話 頼まれ事は停滞の中 3

「夏ちゃん、どしたん?」

「んぇ?」

「それ、逆さまだけど……」

「……あ、本当だ」


 お昼ご飯。持っていたお箸が逆さま。


 今日は珍しく陸と海がいない昼休み。

そもそも二人は連れてこれない昼休み。

なぜなら。


「……各人報告」


 いつの間にか仕切り役を担っている黒澤先輩が、あんまり芳しくなさそうな苦い顔をして、お昼ご飯を食べている面々に号令をかける。


「はっ! 手当たり次第に教官に聞いてみましたが、今のところどなたも手が空いていないとのこと!」


 ご飯を食べる手を止めて立ち上がった桔梗院くん。

机が揺れた。危ない。


「わたしも用務員さんも当たってみたのですが……。用務員さんはそもそも権限がないと言われてしまいました」


 福岡さんは違うアプローチを試して玉砕したとの報告。


「当たってみた教官たちのリストを作ってみました。もうほぼ選択肢がない状況と言っていいかと」


 伊賀くんがリストと言った、薄い紙の束を黒澤先輩に提出する。

瑪瑙先輩も横から盗み見ていた。


「お、オレっちはその、そもそも……」

「無理か。構わん」


 もじもじ気不味そうな小鳥遊くんへバッサリ一刀。

人には向き不向きがあると、意外にも理解を示した黒澤先輩に、少しだけ驚いた。

なんでも四角四面に押し込めそうな人だと思っていたから。


「天嶺の方は」


 ご飯を食べる手を止める。


「申し訳ありません。昨晩は教官の雑務の手伝いを行なっておりました」

「誰だった」

「鬼沢教官です」

「おにさっ?!」


 黒澤先輩、絶句。

あ、瑪瑙先輩、唐揚げ床に落としてる。


「……何やらかした?」

「あ、鬼沢教官の雑務って罰則的な認識なんですね」


 私は昨日のあらましを説明する。

莧菜教官に呼ばれたこと。彼女に鬼沢教官の雑務を手伝うよう頼まれたこと。


「よく無事だったな」


 いっそ感心した風の黒澤先輩。

私は小首を傾げる。


 いい教官のように感じたけどな。って。

チャーハン美味しかったし、プリンも美味しかった。満足。

 それに、頑固親父みたいな厳しさの中に、確かに暖かさも感じた。

まるでお父さんみたいだって思ったことは、この場で言ってしまえば、信じられないものを見る目をされることは容易に理解できる。


「それじゃあ、打診するどころじゃなかったねん」


 瑪瑙先輩が擁護する。

あ、床に落ちた唐揚げ拾って食べようとしてる。


「瑪瑙先輩、それ食べるのやめましょう? ばっちいです」

「むっ。先輩の行動に口を出すのかねん?」

「お腹壊したらどうするんですか。玉子焼きあげますから」


 購買レギュラーメニューやきそば弁当。

寄り添うように彩りを添える玉子焼きを、瑪瑙先輩の弁当箱に押し込んだ。


 作戦会議のための昼休み集合。

さすがにこの場に、陸と海は連れてくることはできない。


「でも瑪瑙先輩から書類は受け取ったのでチャンスがあれば今日から……。あれ?」


 カバンを漁る。

そこにあったはずの書類がない。


「どしたん?」

「……鬼沢教官の部屋に、忘れてきたみたいです」


 一同、同情の視線。

瑪瑙先輩に肩をポンと叩かれた。


「がんばれ」

「着いてきてはくれないんですね」

「やだよ怖いもん」

「なんて素直な本音」


 放課後もう一回行ってくるかー。なんて呟いた直後。


「起立! 敬礼!」

「えっ、なになに」


 突然瑪瑙先輩が立ち上がる。

黒澤先輩もほぼ同時。

続けて早かったのは桔梗院くん。その次に伊賀くん。

一拍遅れて福岡さんと小鳥遊くんがほぼ同時。

 最後にモタモタ、私。状況が理解できていない。

が、しかし。


「鬼沢教官」


 誰からともなく呟いた、彼の名前。

鬼沢教官は、姿勢を崩せとハンドサイン。


 敬礼を解き、腕を背後に直立。

鬼沢教官が真っすぐ進んでくる先は。


「天嶺。忘れ物だ」

「あ、書類」


 ありがとうございます。言いながら、両手で受け取った書類には。


「……鬼沢教官! これ!」


 思わず上げた声は上擦って、多分私の目はキラキラしている。


「第三グループ」


 鬼沢教官の声かけ。

一気にビリッと緊張が走った。


「出し物の顧問は、儂がやる」

「……え」


 気の抜けた声は誰のもの。

そんなこと、だれも気になりはしなかった。

ただ、私は歓喜で頬を上気させ、今にも飛び上がらん勢いで。


「ありがとうございます! ()()()()!」


 ……などと、言い間違いを口走った。


「……ン?」


 数秒後、言い間違えたかも知れないことを、周囲の空気で察する。

驚愕の空気。失敗に同調して慌てているような空気。笑いを噛み殺している気配。呆れの空気。


「……私、今、なんて言いました?」

「お父さんって、言ってたよ……ん」


 いつもの口調にキレがない。

鬼沢教官に対して、他の人ならきっと、絶対にしない間違いをしてしまった私を見て、どうリアクションを取るべきか悩んでいるようだ。


 そして当の本人と言えば。


「……儂はお前の父親ではない」


 なんていつもの厳つい無表情。

だけど。


(ふふーん?)


 にんまり。私の口角が上がるのが分かる。


「お父さん!」


 黒澤先輩が、マジかコイツ。みたいにギョッとした顔をしている。


 意にも介さない。

私は鬼沢教官の周囲でうろちょろ動き回る。


「おとーさん」


 だって、満更でもなさそうに見えたから。


「パパー」

「調子に乗るな」

「ギャンッ!」


 さすがに調子に乗りすぎた。

頭頂部にもらった拳骨。私は床に沈んだ。


「いったーい! うちの陸より三倍ゴリラ!」

「ほう。お前の兄か。そんなに力が強かったのか?」

「中学校の頃に片手で腕を折られました」

「ほう? しごきがいのありそうな生徒だな」

「あっ。陸ごめーん」


 私はこの場にいない陸に謝った。

多分遠くで今頃クシャミでもしていると思う。


 床で悶えて転がる私を見下ろす鬼沢教官の、厳つい目元は僅かに緩んでいた。

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