第四十話 始まりの作戦会議 1
「ぽへー」
「……」
「ぽぽっへー」
「……」
「ぽっへー」
「……ねぇ、夏ちゃんどうしちゃったの?」
「悩み事があるときのぽへぽへタイムっす」
「ぽへぽへタイムってなに?!」
思わず素で叫んだ様子の瑪瑙先輩の声が聞こえる。
お昼休み。いつものメンバーで昼ご飯。
陸と、海と、瑪瑙先輩と、たまーに翠先輩と、それから私。
今日、翠先輩は信者の皆さんとお昼に行ってる模様。
久し振りの翠先輩のいないお昼休み、陸は広々羽を広げているように見える。
「……で、空は今日はどうしたんだよ」
「ぽへぽぽっへぽっへっへーぽへ」
「何? 第二期戦闘試験の? 情報量が多くてパンクした?」
「ぽへぽへん」
「ルールは分かったけど裏で考えなきゃいけないことが多い?」
「ぽへ」
「……だそうです」
「なんで分かるの?!」
だぁん! 机を高らかに叩き鳴らす瑪瑙先輩。
海が肩を竦めて苦笑いをした。
「……クジラくんも分かるん?」
「分かりませんよ」
「だよね」
海の落ち着いた態度に溜飲が下がったらしい。
すん、と椅子に座って、焼きそばパンを食べている。
瑪瑙先輩のあだ名付け癖は夏休みが明けたあとも健在で、以前は海のことを『次男くん』、陸のことは『長男くん』と呼んでいたのが、いつの間にか海を『クジラくん』と呼ぶようになっていた。
ちなみに陸は『ライオンくん』って呼ばれている。理由は分からない。
でも、チーターとかじゃないんだって思ったことは内緒。
「たぶんこの様子だと、チームのお知らせも見てないんだろ」
「ぽへ?」
チームのお知らせ?
陸が呆れたようにメールを見せてくる。
そこには、陸の他に、翠先輩の名前と、知らない人たちの名前が合わせて七人。
「ぽ、ぽへぽへ」
「知らないんだけどって? 普段からメール見てないな? さては」
「ぽっぽへー……」
「明後日の方見るんじゃない。吹けない口笛で誤魔化すな」
誤魔化すなって言われても誤魔化すよ、私は。
視線を合わせないように、スマホにインストールした学生用アプリを立ち上げる。
入学してから滅多に開かなかったそれに、メッセージ通知が99+。
「溜めすぎだろ……」
呆れの海。
画面を見るんじゃない。
メッセージの最新一通目。
たしかに、第二期試験についてのタイトルで届いている。
メールを開封。スクロール。
目に入る、第三グループ。私の名前。それから私以外に六人の……。
「……えっ?! 瑪瑙先輩?!」
「お、人間の言葉が戻ってきたねん」
おかえりぃ。間延びしたお迎えを吐き出し、ヒラヒラ手を振る先輩と、メンバー表を私の視線は、何度も何度も往復した。
【第二期試験 第三グループ】
二年 音成 瑪瑙 性別:女
二年 黒澤 安曇 性別:男
一年 天嶺 空 性別:女
一年 伊賀 平蔵 性別:男
一年 桔梗院 静江 性別:男
一年 小鳥遊 翔 性別:男
一年 福岡 星羅 性別:女
***
文化祭という名の試験概要を聞いた今日。放課後。
準備に時間を取られると言う割に、授業自体は普段通りあった。
時間を縫って進める準備。高校の文化祭を思い出すなぁ。
なんて、現実逃避を一瞬してしまったのは、ずいぶんキャラの濃いメンツが集まっているから。
なんだかやたらと影の薄い人と、なんだかやたらと目がキラキラしている人と、時々フヒッて笑っている人と、教科書よりも分厚い手作り感満載な冊子を持参している人。
中々濃いメンツが揃っている中、瑪瑙先輩はクラゲのようにふわふわ音頭を取る。
「今日は集まってくれてありがとねん。進行はウチ、二年、音成瑪瑙がお送りするよん。はいじゃー右回りで自己紹介ー」
音頭と言うには割と適当。
指名された瑪瑙先輩の右隣。
やたらキラキラした目の人。
彼は勢いよく立ち上がり、背中で手を組み足は肩幅。まるで応援団団長のような風格で。
「小官は一年! 桔梗院静江でありますっ!」
「うお、うるさっ」
「この度は序列三位、音成瑪瑙殿と同チームとなれ、光栄であります!」
おお、軍人口調。
小官なんて生まれてからこれまで、聞いたことがない。
「んー。静江ちゃん? くん?」
見たままであれば男性だけど、それにしては名前があまりにも女性すぎる。
彼はびしっと敬礼を決めて、「はっ!」と言う。
「小官は男であります! この名については生家より! 男児と産まれた者は齢十六まで女として育てられる決まり! 混乱をさせてしまったことは小官が未熟ゆえ! 伏してお詫び申し上げます!」
「詫びんでいい詫びんで」
言いながら本当に土下座でもしそうな勢いだったから、さすがの瑪瑙先輩も慌てて止めていた。
「はいはいはい、次! ちゃかちゃか行こうぜぃ」
これ以上深掘りすると本当に土下座しかねないと言う空気の中、慌てた様子の瑪瑙先輩。
次の人へとバトンを回した。
「わたしは福岡星羅です。一年です。よろしくお願いします」
「おお普通だ」
おお、普通だ。
でも普通じゃないのも見えてるよ。
その冊子、なに?
「その冊子、なに?」
シンクロした。
福岡さんは照れたようにその冊子を持ち上げ、それで顔を隠す。
「これは、記録を辿れるだけ辿っていった、天気の記録の一部になります」
なにゆえ。
なにゆえそのようなものを作ろうと思ったんだろう。
瑪瑙先輩は、いっそ優しい目をしている。
「それはすごいねぇ。大変だったっしょ」
「え、ま、そうですが……。好きなことなので」
「ウチはすごいと思うよん。そしたら次行ってみよっかー」
サックサック進めようと瑪瑙先輩、次へ回す。
次は……。あ、フヒッて変な笑い声出してた人。
「お、オレっち、小鳥遊翔、っす。ど、ども、ヨロシク……ヒ、ヒヒッ。……あ、一年、す」
変な人だ。
なんだかやたらと目があっちこっちにキョロキョロしているし。見た目は普通なのに。危ない人みたいな感じが出てる。
ああ、ああ、瑪瑙先輩の笑顔もほんの僅かに引き攣っている。
「はぁい、よろしくぅ。ほいじゃ次、夏ちゃん」
「えっ?」
「え?」
瑪瑙先輩が、隣にいる人を飛ばして私を指名する。
思わず声を上げると、ビックリしたように目をまん丸にしているから、思わず隣を指さした。
「あの、一人飛ばしてるんですが……」
「えっ? その席欠席じゃ……。ないね?! なんかいるね?! うわぁ、ごめんよぉ!!」
気付かなかった! なんて悲鳴のような声。
たしかに影は薄いなって思ったけど、そこまで驚くほど?
私は疑問に思い首を傾げるも、一旦そのまま着席する。
チラと様子を窺うと、隣の人と目が合った。
その人は一秒、合った目をふいと逸らし立ち上がる。
「俺は一年の伊賀平蔵と申します」
「なんか忍者みたいな名前だねん」
「はい。若輩者ながら、忍びの一族、その末席に加えていただいております」
忍者!
部屋の中が、一瞬色めき立つ。
私もザワってした。実在したんだ、忍者。
「だーからそんな気配感じられなかったんにー?」
「普段より忍びとして怠ることなく精進しておりますゆえ。この場においては不適切な態度であったこと、謝罪します。平にご容赦ください」
「お硬いお硬い。……じゃ、今度こそ夏ちゃんよー」
あ、瑪瑙先輩若干疲れてる。
普段の緩さ加減がダウナーになってる。
さっさと巻いていこう。
私は立ち上がり、簡単に自己紹介……。
「一年、天嶺空です。よろし」
「あなたそんな名前だったんだ。目立つ三つ子の女の子って呼んでた」
「前回試験は何位ほどでありましたか!」
「き、君、音成先輩の金魚のフンって、フヒッ、言われてるの、し、知ってる?」
「いい目を持っているようで……」
「あーっ! うるさいなぁ!」
自己紹介。した瞬間に、姦しい。
思わずうるさいと叫んでしまうほど、前から横からピーチクパーチク。
既に自己紹介が済んだ一年組が一斉に喚き出す。
まだ自己紹介済んでないんだよ。
あともう一人先輩が控えているんだよ。
どう言って収めたものかと思考した瞬間。
得体の知れない不気味なものが、二の腕を掴んだ錯覚。
「粛に」
身体が硬直する。
そちらを見たいのに見ることができない。
見てはいけないと本能が警鐘を鳴らす。
発生源は、瑪瑙先輩。
「仲良きことは美しき。でもそれは、後でやるべきことじゃぁ、ないかねん」
口調は普段通りの緩さ。
なのにどうして、こんなに恐ろしい。
「席に着こうねん。作戦会議は、まだ終わってないよん」
まるで操られているような感覚。
目の奥がズキンと痛み、薄っすら膜を張る涙は、きっと生理現象。
二の腕の鳥肌は、ずっと収まらないままでいた。




