佐々木 (1)
彼女と知り合ったのは職場が主催する懇親会だった。そもそも、フリーランスで活動していた私が、職場、というのもおかしいが、出版社系列の子会社にたまたま知り合いがいたことがきっかけで、飲み会に呼ばれるようになった。
その出版社に、軽く打診された三文記事を、その都度仕上げて送信するたびにそれが「納品」という形となって、「相変わらず速いレスポンス助かります。」と担当の山口さんが毎回返信をくれるようになった。
その後しばらくして、少し偉い人との昼食会を兼ねた面談があり、私のどこを気に入ってくれたのかわからないが、正式に契約する形となった。29歳の秋だった。
彼女と出会ったのはその年の冬で、”職場”の主催する懇親会だった。会場は少しおしゃれなれイタリアンで、年末の忘年会シーズンということもあってか、いろいろな種類のボトルワインが飲み放題の豪華な会食であった。貸切会場には、職場関係者だけではなく、大学教授やIT関連会社社長などテレビで見たことのある顔もちらほらあった。
「佐々木さん、こっちこっち。紹介します。こちら青崇大学理工学部の津久井先生です。」
という山口さんの方を向くと、シンプルなパンツスーツを上品に着こなしたショートカットの女性が立っていた。山口さんのいつもにこにこした愛嬌の良い顔と比較すると、彼女の無愛想が目立ったが、一方でそれが彼女の知性を表しているようにも見えた。
担当の山口さんは実家の近所にワイナリーがあることが自慢で、「私の血はワインでできているんです」というのが口癖の30代で、その日もドラキュラの牙のように唇の両上に三角の赤ワインの跡をつけてニコニコしていた。
「はじめまして、青崇大学理工学部リサーチアドミニストレーションセンター 津久井です。」
「はじめまして、ライターの佐々木です。」
彼女の長い肩書きに圧倒されながらも、杓子定規に名刺を交換すると三人は当たり障りのない会話をした。
彼女は、出版社の発行する書籍の、理工学関係の研究分野についての監修を担当しているとのことで、38歳で准教授になって1年後に、直属の上司にあたる教授が退官したことをきっかけに、その仕事を、引き継いだ、とのことである。山口さんとはその時からの付き合いであるとのことで、
「先日、山口さんのご実家のご近所のワイナリーに案内してもらったんですよ」
クールな目元を嬉しそうにしながら言った。山口さんが、ワインの牙をつけたまま、
私おかわりいってきますね、と立ち去ってから、私と彼女の二人きりになった。
「それで、津久井先生は、こちらの仕事は長いんですか?」
「えっと、今年で2年目になります。」
「監修の仕事って結構数あるもんなんですか」
「いいえ。人にもよるかもしれないけど、私の場合は、年に多くて3件。それで2年目、っていうのも図々しいけど、、、。というか。年齢バレましたよね」
「えっと?もしかして、ねずみ年ですか?」
「・・・やっぱり。バレましたね。」
「実は、わたしも同じ干支です。」
「え、ねずみ年?そうなんですか。まさか、二回りってことはないですよね?」
「さすがにそれはないでしょうね。」
何か暗号で会話するように、お互いの年齢を探り合って、そしてたまたま共通のものを見つけて、お互いが少し近くになった気がした。それを周りに悟られないようにしながら、では、乾杯しましょう、と彼女がいって、グラスを鳴らした。
しばらくして、会場には、司会からの案内があった後、ボサノバの生演奏が始まった。少しのお互いの仕事の話が済むと、彼女は、好きな食べ物や普段のエクササイズのことを話し、私は、イタリアのピザとアメリカのピザの違いと色の濃いサングラスが目に悪いという通説を話した。脈絡もない話だったが、お互い昔から知っている友人に思えた。少なくとも私は。
少しして、唐突に、津久井さんが
「それで佐々木さん、私の話を小説にしてみない?」
と言った。