1/2
プロローグ
「そう言われてみると、初めて彼と出会った時のことは本当に覚えてないような気がするんです。あえて忘れようとしたわけではないのですが・・・。」
氷が溶け始めたアイスコーヒーの濃度をストローの流度でごまかすように、彼女はそう言った。
「・・・出会った後の物語に比べたら、一般的な出会いだった、ということでしょうか。」
私は、言葉を選びながら応えた。我ながらうまい応答であったと満足して、彼女の綺麗に整った爪先を眺めながら、好きでもないオレンジジュースを一口啜った。高級ホテルのロビーとはいえ、人の行き来の忙しさが、人々に夕刻を告げていた。
「・・・そうかもしれないですね。」
そういうと彼女は、一瞬の怪訝な表情を悟られまいとうまく誤魔化せたことに少し満足し、でも失敗したことに残念がるように、「きっともう全て忘れたいのよ」と無邪気に言った。