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幼き情熱

作者: 幽霊配達員

 まだ保育園児の頃。

 ロボットアニメや戦闘アニメが大好きだった。強いしかっこいいし、合体シーンの連結音とかもロマンに溢れていた。

 ギャグアニメだって大好きだった。特に埼玉の幼稚園児には夢中だった。

 そして勿論、戦隊物だって大好きだった。

 特に初めて見た恐竜とファンタジーを組み合わせた作品には終わったなお熱中していた。

 中でも好きだったのはレッド。

 チームのリーダーで物語の中心になりやすい人物。憧れを抱き、大人になったらレッドになるんだと夢想していた。

 そんなある日、保育園の園児全員で劇をする事になる。絵本やアニメの題材になっていた、たこ焼きの戦隊ヒーローを模した作品の劇。

 若干のズレはあったものの、一番なりたかった物に近づける絶好の機会。逃せる筈がない。

 友達を蹴落としてでも掴み取りたい配役。言うまでもなく、レッド。

 ただ劇にするだけあって配役には人数制限がある。初期設定でレッドの人数は年長・年中・年少で5人・5人・4人だった気がする。

 当時年長。レッドをやりたい児童は全員で7〜8人集まった。

 先生は話し合って譲れる子は譲ってあげてと言っていた気がするけど、譲るかなんて到底ない。それはみんな一緒だった。

 平行線の話に終止符を打つ方法、幼児が使えるいつもの手段、ジャンケン。

 絶対に負けられない、ここは何としても勝ち取る。そして念願のレッドをやる。

 手に力を込めてジャンケンをした結果、念願のレッドの座を勝ち取る事に成功。

 無茶苦茶喜んだし、安心もした。もうコレで邪魔者なんていないと。

 後は他の役を誰がやるかを眺めているだけでよかった。

 ところが、年少の子が1人、どうしてもレッドをやりたいと駄々を捏ねた。その結果、年少の4人を5人に増やし、代わりに年長の枠を1人減らすという形を取ってきやがった。

 個人的には、年少の枠を1人増やすだけでいいじゃん、だ。

 猛烈に嫌な予感を感じる。一度いい方向に決まった事を蒸し返されると、決まって悪い方に落とされるジンクスを確かに感じていた。

 多分、もう一回ジャンケンになったらダメだ。

 そう思っている間に先生たちが年少を優先させ、年長の誰が譲ってくれるかを持ちかけ出した。

 絶対イヤだ。誰が譲ってやれ。

 そんな儚い願いが叶うはずもない。みんな同じ事を思っているのだから。

 悪い予感を抱えたまま、ジャンケンに突入。どうかお願い。

 強い願いは、無情にも弾かれる。

 イヤだ。一回レッドの役は決まったんだ。後は練習してレッドになって悪を倒すんだ。

 何度も夢見たレッドをやれるはずなんだ。

 熱量は涙に変わって泣き叫び、変わってと懇願しては聞き流されて説得される。

 決まったんだ。一度決まったんだ。大好きなレッドをやれるはずだったんだ。それなのにふざけるな。

 年少のバカが駄々を捏ねて通したなら、俺だって駄々を捏ねれば通せるはず。じゃなきゃ理不尽すぎる。

 まだブルーの役が残ってるだとか、早く決めないと悪役になっちゃうとか言ってたけれど、この劇はレッドをやらなきゃ意味がない。レッドをやるからこそ価値があるんだ。

 レッド以外じゃ夢が叶わない。

 そうこうしている間に他の役は埋まり、結局残った悪役をさせられる事となった。

 まぁ、当日にはモヤモヤを残したままやり切った訳だけど。

 ただその時先生は、次の劇はやりたい役をやろうとか励ましていた気がする。

 だから今度こそ、レッドをやるんだとリベンジに燃えていた。

 そして組の園児でやる次の劇。

 タイトルは本当に忘れたけれど、卵が大好きな王様が世界一の卵を食べたいと駄々を捏ねて兵士に持ってこいと命令する話だった。

 ゾウはでっかいから大きな卵を産むに違いないと、兵士に無茶言ってゾウに卵を産ませようとする。

 話の途中で普通の卵を産むニワトリが出てきて、殺されそうになるんだけど誰かに助けられる。

 助けられたお礼に卵を産んで王様に食べてもらう。

 卵を食べながら王様は、ゾウは卵を産まないと気づいておしまい。

 大雑把に一通り話を聞いて困ってしまう。

 何もやりたい役がない、と。

 最初の練習は人数配分関係なく、やりたい役をやっていいと先生が言った。

 王様から順番に役を決めていく。なんかやたらと王様の数が多くなった気がする。

 次々に役が決まっていく中、どうしようとひたすら悩む。

 次にニワトリ役やりたい人と先生が手を上げると、誰も返事を返さなかった。

 じゃあニワトリでいっか。楽そうだし。

 1人手を上げた結果、先生に驚かれてしまった。

 今回はみんなやりたい役をやれるんだから王様やってもいいんだよとか言われた気がするけど、わがままな王様にこれっぽっちも魅力を感じられなかった。

 寧ろどうでもいいからやりたい人がやればって気分。劇に参加しなくていいなら観戦者でも構わなかった。

 別にどうでもいい物語の主人公をやりたい訳でもなければ、偉いキングになりたい訳でもない。

 悪を倒す正義のヒーローになりたいんだ。

 その劇は最初から最後までニワトリをやり切った。

 大人になってから考えると、かなりいいキャラ貰えてたなぁとは思うけども。


 何度思い返しても、あの時レッドをもぎ取れなかったのは痛かったなって思う。

 今その気になって行動すれば、有料だけどレッドを体験する事も可能だろう。ただそれじゃ意味がない。

 だって今は、戦隊物にそこまでお熱になっていないのだから。

 幼かったあの瞬間、一番熱を帯びていた頃だからこそ、やれてたら嬉しさ倍増だったんだ。

 じゃあ自分の人生は、あの時ジャンケンで勝っていたら変わっていただろうか。

 多分何も変わらなかった。寧ろ悔しさや惨めさがなかっていた分、記憶にも刻まれなかったんだろうから。

 人は大人になるにつれ、何かに対する熱量は低くなっていく。

 自分はこの世界に産まれた主人公なんかじゃない、世界自分を中心に回ってなんかいないって、身に染みてしまったから。

 過去の自分は間違いなく自分だったけれど、今の自分とは紛れもなく別人だから。

 世界は願っても叶わない事だらけなんだって知ってしまったのだから。

 人生ってきっと熱い内が旬なんだろうな。


なぜか消えない幼い頃の記憶。

きっと誰もが、記憶にこびり付いた理不尽を抱えているんだろうなって思う。

そしてせっかく鮮明に覚えているのだから、文字にして残してしまえ。

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