リストラ 〜さらば一年堂書店〜
感想などいただけると大変励みになります。
もちろんリアクションだけでも大歓迎です!
その日、店長のテンションは朝から高かった。
いや、正確には『いつもの変なテンションに戻った』という方が正しいかもしれない。
「わかった!わかったよ、星野くん!!」
久しぶりに聞いたそのフレーズに、ボクは少しだけ胸が熱くなった。
やっぱり店長はこれでなくちゃ。
また何か無茶なアイデアを思いついたんだな。
今度は何だ?カフェと古本の融合?はたまた移動式の一年堂トラックか?
店長がぐいっとこちらを振り返る。
「わかったよ、星野くん!削るべきは――人件費だ!!」
「……は?」
「ということで、今までありがとう!本日をもって解雇だよ!!」
それが、“わかった”の中身かよ!!!
時給650円、履歴書なし、1分採用。
貸本やって、AVやって、ヤンキーに怯えて、中学生の画廊になって……
そのすべてを乗り越えた先に待っていたのは、“経費削減”だった。
あまりにあっさり、あまりに当然のようにボクの一年堂生活は、一年の半分と持たずに終了した。
「じゃ、今日は閉店までよろしくね〜!今日は蕎麦屋にいるから、終わったらレジとシャッターの鍵閉めて渡しに来て!」
解雇したバイトに閉店シフトを丸投げするとは……
最後の最後まで店長はブレなかった。
でも、不思議と悲しくなかった。
「ああ、そういう店だったな」って、妙に納得してしまった自分がいた。
⸻
リストラから2週間後、偶然前を通りかかると、見慣れたガラス張りの中に見慣れない光景があった。
若くてキレイな女性バイトが接客していた。
あの店長が面接したのかと思うと、それはそれで想像に難くない。
「君!“いらっしゃいませ”って言ってみてよ!!」
きっと、同じノリだったに違いない。
さらに一ヶ月後――
一年堂書店は、跡形もなく閉店していた。
AVも、貸本も、イラストも、チンピラも、⚫︎ラム⚫︎ンク27巻も。
すべては夢のように消えていた。
貼り紙には「閉店のお知らせ」とだけ。
その後、店長に会うことは一度もなかった。
だけど、今でもたまに思い出す。
“なんでだ!なんでなんだ!”と叫びながら、受話器に怒るあの姿。
“死ぬかと思ったよぉぉぉぉ!”と埃まみれで本棚の下から出てきたあの顔。
なんだったんだ、あの半年。
でも、確かにあれは、ボクの人生の中でもっとも濃密で、無駄で、最高のバイトだった。
⸻
今も、一年堂があった場所は空きテナントのままだ。
風に吹かれてパタパタ揺れる「貸店舗」の看板を見て、ふと思う。
……もしかして、また店長が戻ってくるんじゃないか?
「わかったよ、星野くん!次はトレーディングカード専門店だ!!」
なんて言いながら。
そんな日が来てもおかしくない気がする。
そしてまた1分で採用されてしまいそうな自分が、なんだか怖い。
― 完 ―
最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!!