チンピラとの闘い
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アダルトビデオが消え、のれんが消え、色気作戦が完全に敗北して数週間。
相変わらず店はヒマだったけど、ちょっとずつ常連客が増えてきた。
「一年堂、ちょっと面白いらしいぞ」
そんな都市伝説めいた噂が広がりはじめていたのかもしれない。
しかし、「面白い」は「平和」とイコールではなかった。
ある日、そいつは現れた。
ツーブロックに金髪、サングラス、グレーのジャージに金のネックレス。
語尾に「〜じゃねぇの?」がつく、いかにも“それっぽい”風貌の男。
そいつが手に取ったのは――
『⚫︎ラリーマン⚫︎太郎』
「負けんなよ⚫︎太郎……ぬるいんだよ」
そうつぶやきながらレジに持ってくるたびに、無茶な要求をぶつけてくる。
「この本汚れてるよな?100円で売れよ」
「てかタダでいいじゃん、なあ?」
一冊売るごとに、精神が削られていく。
もはやボクにとって、⚫︎太郎はヒーローではなくトラウマである。
ある日、限界を迎えたボクは、意を決して店長に相談した。
「チンピラっぽい人が来るんですよ。いつも圧がすごくて……」
すると店長は即答した。
「星野くん、そんなやつにビビっちゃだめだよ!毅然とした態度で追い返せばいいんだよ!ほら、“毅然”!“毅然”って言ってみて!」
「き、毅然……」
「そうそう!次に来たらすぐ呼んで!店長としてビシッと言ってやるから!」
……自分が来る想定をしてないから言えるんだよ。と思いつつも、男らしい発言にボクはほんの少しだけ店長を見直していた。
そして数日後、あのチンピラが来店。例のごとく⚫︎ラリーマン⚫︎太郎を買うつもりだろう。
ボクは意を決して、隣の蕎麦屋で酒盛りしている店長に小声で電話した。
「今です!来てください!」
3分後、鼻息荒く店長が現れた。
ぐいっとサングラスの男を睨みつける。
「君、うちの星野くんに無茶言ってるらしいじゃないか。客だからってなんでも許されると思ったら大間違いだぞ!」
カッコいい!めちゃくちゃカッコいい!
ボクは一瞬、本当に惚れそうになった。
しかし次の瞬間、見た目に似合わない甲高い声でチンピラがこう言い放った。
「なんだテメェ、店員のクセに客の俺に喧嘩売ってんのかよぉぉぉ!!」
瞬間、店長の肩がピクリと跳ねた。
目が泳ぎ、口角が引きつり、冷や汗が頬を伝う。
「あ、あのぅ……」
「……お持ちのマンガとその続きも……差し上げますぅぅぅ!」
深々と90度、いや120度くらいのお辞儀。
まるで謝罪会見。
「大変申し訳ございませんでした!またのご来店を……心よりお待ちしておりますぅぅぅ!」
120度のお辞儀をしながら左手を入り口に向かってまっすぐと伸ばす店長は、故障してうなだれてしまったオモチャのロボットのように見えた。
「しゃあねぇから今日はこれで許すけどなぁ!次来た時にこんな態度とったらいじめちゃうからなぁ、コラぁ!」
勝ち誇った様子のチンピラが帰ったあと、ボクが呆然としていると、店長が一言。
「星野くん……あれは本物だ。相手が悪かったね。」
何の反省もないテンションでそうつぶやくと、そそくさと蕎麦屋へ戻っていった。
元々小さかった店長の背中がますます小さく見えた冬の夜だった。