店長はアイデアの泉 〜貸本業スタート〜
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一年堂書店が開店して一週間。
想像していた喧騒はなく、そこにあったのは静寂だった。
どれくらい静かかというと、奥の本棚に積もったホコリが「誰か来ないかな〜」って言いそうなくらい。
「なんか、こう……間違ってるんじゃないかな、この店」
ボクは、早くも正気を疑いはじめていた。
でも、そんな不安を吹き飛ばすように(むしろ増幅させるように)やってくるのが、我らが店長である。
「わかったよ、星野くん!!」
来た、出た、そのセリフ。
あのポケットには無限のアイデアが詰まっていると自負する男の名台詞。
「売れないなら、貸せばいいじゃない!“貸本”だよ、貸本!」
……まさかのレンタル業参入宣言。
「だって見てよこの本の山!売るほどあるんだよ!?てことは“貸せる”ってことだよね!?」
店長の中ではすでにビジネスモデル完成済みらしい。
いやいや、売れないから貸せるわけじゃないんですよ。
需要がないものを貸しても意味ないんですよ。
とは思いつつ、そんな正論が通じる相手ではないことは、もう悟っていた。
そして、貸本業が始まった。
会員カードも作った。もちろん手書きで。
問題はその「登録方法」だった。
「身分証のコピー?なに言ってんの、星野くん!商売は“信頼”だよ、信頼!お客様に“身分証出せ”なんて言ったら、それは“疑ってます”って言ってるようなもんだよ!」
「でも、トラブルとか……」
「トラブル?信頼があればトラブルなんて起きないよ!ほら、星野くんも笑って!」
そうして、身分証不要、誰でも借り放題のユートピアが誕生した。
貸本制度の扉が開かれたその数日後、何かに導かれるように現れたのが――近所のヤンキーたちである。
金髪、眉なし、タバコ臭、そして借りる本は決まって『⚫︎ローズ』か『⚫︎ー・⚫︎ップ・⚫︎イスクール』。
「えーと、住所は……“天上天下無敵無双町3-4-5”?電話番号は……0110--*?」
店長は「漢だねぇ」とうなずきながら会員カードを作成していた。
結果、漫画は大量に“旅立って”いき、戻ってくることはなかった。
電話をかけても、返ってくるのは
「おかけになった電話番号は現在使われておりません……」
店長は受話器を睨みつけながら叫んでいた。
「なんでだ!……なんでなんだ……!」
かくして、“信頼による経済”は華々しく崩壊。
店長は会員カードの台紙をビリビリに破き、貸本業は幕を閉じた。
たった二週間で。