75. クルトの兵宿舎3
「ジャスパー、昨日も抜け出さなかったな。ついに愛想つかされたか?」
「ミリー、お疲れ」
今日も今日とて訓練を終えると、声をかけられた。肩を叩いたのは同じ兵舎の少年だ。ファリーダとの逢瀬をやめてから訓練を抜け出すこともなかったことを言っているようだった。
「なんだ、調理場の女中さんを怒らせでもしたのか?お前が持ってくる菓子食べたいのにな」
「ジャスパーが愛想つかされたって?あのお菓子が癒やしだったのにまじかよー」
一人が話しかけてきたと思ったら、いつの間にか訓練の終わった他の同期達も集まってきている。
俺がたびたび訓練を抜け出しているのは、倉庫の食料を運んだあとに配達先の女中に気に入られたということになっていた。
実際たまにファリーダがお菓子を持たせてくれたからいままで嘘だと疑われたことはない。
ファリーダが包んでくれた後、持って帰ったお菓子は宿舎のみんなで食べた。さすがに侯爵の茶菓子、砂糖がふんだんに使われたクッキーやケーキは普段の素朴な食事に慣れた俺たちにとって大変刺激が強かった。
おかげで俺が抜け出しても初めの日のように教官にばらされることもなくなり助かっていたのだが。
「もうあれがないと訓練楽しめないよー。はやく家に帰りたい」
「そういうなよ。教官ももう出発する日が近いって言ってたからそれが終ればすぐだろ」
「だけどさー俺達みたいな荷物持ちにはたいした褒美もないんだぜ、ジャスパーの持ってくるのがほんとに楽しみだったのに」
どうやら侯爵家のお菓子を心の支えにしていた奴は、俺がいなくなることを逆に喜んでいたようだ。そのままこのきつい訓練をどうすれば抜け出せるかを真剣に考えだした。体力がないわけではないので本当にきついわけではなさそうだが、純粋に訓練が嫌らしい。
誰から聞いたかもわからない訓練を抜け出す方法に話題が移っていく。
やれ訓練中や任務中に怪我で行軍が出来なくなったり、単純に領民ではないものが誰かの代わりに入った場合だ。
嘘か本当かわからない話だったが、最後の条件が本当なら俺が抜け出すときには都合がいいなと思った。
それにしてはたいした身分確認もされずに入れたけどな。まあそれはジャスパーの招集状を借りたからだし、雑用係の兵士だから検査が緩かったからかもしれないが。
ケルンで祖父母の相手をしてくれているはずのアズライトにもできるだけ早く向かうと約束したし、ここでの用事が終ったらさっさと退散したい。
ジャスパーの父ブラッドにもさすがに事情を説明した手紙が届いていているだろうから、ぎりぎり遠征が終わり次第このクルトからは出ていきたいところだ。遠征が終ればジャスパーの隠蔽もわざわざ罪に問われることでもなくなるだろう。
今回は直接の部下でもないから、多分侯爵令嬢のファリーダに引き留められることもない。あとは遠征でファリーダの叔父ゼノリスに侯爵家の敷地内に入ったのが俺であるのがばれないよう注意すればいい。
それもこんな荷物持ちから人を探すほど森林軍の隊長は忙しくはないだろう。
訓練所の皆にはジャスパーで通っているし、偶然だけど本名を名乗っていてよかった。
ファリーダとの交流は体感としては魔法つながりで仲良くなった友達くらいの距離感だ。でも昔は本格的に魔法を覚える前に出会ったから今回のような交流は新鮮で面白かったな。もう直接会うことは殆どなくなるだろうけど、幼い日のいい思い出としてとっておこう。
いいじゃないか。身分違いの令嬢との一時の交流なんて青春みたいで。
教官が言っていた出発日が近いと言う発言通り、その日の翌日、
「起きろ!出発するぞ!広場に集まれ!」
いつもより早い朝の号令で、眠っていた俺たちは大声でたたき起こされた。
遠征の始まりだ。
さて、ちゃんと翼を持った竜は出てきてくれるかな?




