74. 隊長
ゼノリス視点
北の森林が何かおかしいという報告が入ったのは、春の初めまだ寒さの残る時期、毎年の先発隊が調査から帰ってきた後だった。
具体的には何がおかしいと言うことはない。だがいつもの春の森の様子ではない。
来年には引退を考えていると言っていた、私の父より更に老年の兵士の違和感は何とも言い難い顔に良くにじみ出ていた。
奥から竜が出てきた時と似ている。
誰に聞かせるでもなくぼそりとつぶやかれた言葉に若手の兵士は胡散臭そうな顔をしていたが、「老いた兵士は生き証人だと思え」という侯爵家の家訓を思い出し、いったん調べることにする。
調査の表面上の報告は鳥獣の数が少ない。地上付近の若芽がよく食べられている。普段みない大型の動物が比較的多い。といったものだ。
報告書を見た限りでは去年の不作のせいだと思っていたが、調査者と直接会って話を聞いてからは少々対応を考えることにした。
新春の挨拶も兼ねて領内の歴史書類の多く残る南の邸宅を訪ねる。
家を出ていない人間、特に子供がいる場合、は冬の間はこの別荘に滞在する。俺も小さい頃は毎年ここにいたのだが、森林軍の所属になってからはそれもなくなってしまった。
副隊長曰く、別荘で避寒する隊長はだいたい嫌われるからやめておいた方がいいとのことだ。
まあ軍に入ってからはその気もなくなったが。今回はその慣例が功を奏したようだ。
別の土地に行っていては余裕をもって対処も考えられなかっただろうから残っていて運が良かったと言えるだろう
頭主の兄家族が歓迎してくれる中、付属の書物庫に行くと、確かに大昔、俺が生まれる前いや更に俺の親も生まれていなかった年に、前足のない竜の出た年が記録されていた。
夕食の席で兄に春の遠征について追加の支援を頼んだのはそのためだ。
領内の懐事情は良いわけではない。特に今年は去年の税収が悪く、軍の食事も少々見すぼらしくなっていた。
だがあの老兵士の勘を俺は信じることにした。兄に「戦いにおいてのお前の勘はよく当たるからな」と納得され、要望はすんなり通った。それ以外の勘は含むところを感じたがいったん無視だ。
食糧と備品の頼みは確保できた。
しかしおまけのように姪のファリーダがついてきたのは全くの予想外だったが。
どうやら俺が話の種に話した遠征の話と、冬の間侯爵家の教育で習った騎士道が彼女の頭の中で合体したらしい。
幼いながら騎士服で披露した魔法で王都でもてはやされ、騎士に興味を持ち始めていた彼女は憧れに一直線の様で、自分も遠征に参加してみたいと聞かなかった。
子供の癇癪なら強く叱って終わりなのだが、はじめ強い調子で迫ってきた姪っ子は最後にはまだ真っ白な小さい手で俺の袖下をぎゅっと握り、
「お願いです。決して邪魔はしませんから。後ろから見させていただくだけでも…」
と目を潤ませて頼んでくる。
俺は可愛い姪に弱い。それも俺の仕事をキラキラと憧れの目で聴いてくるのは正直嬉しかった。
ついでに一人娘に兄も兄嫁も弱かった。必死に遠征の条件を厳しく取り決めて諦めさせようとしている風に見えても、すべてに力強く「必ず守ります!」と答えるファリーダのおかげでいつの間にか既にクルトに行く流れになっている。
気づけば帰りの馬車にはファリーダが追加され、それにともなって荷馬車の数も数段増えた。
心配性な兄は着いていきたがっていたが、社交の季節で忙殺されることを予想してしぶしぶ引き下がった。
俺達と同じく武人一家出身の兄嫁もいい経験になると準備をはりきっている。
ついでに護衛として戦える人間も寄越してくれたので活用させてもらおう。
森の異変に対処するために来たはずがなぜか若干の懸念事項が増えたが、この頃の俺はまだ遠征を楽観的にとらえていた。
少し危険はあるかもしれないが、後方の姪を守って帰るくらいは例年通り出来るだろうと。
そもそも保護対象のファリーダがか弱いただの令嬢かと言われれば、そんなことはない。
なにしろ俺の覚えている限りでは最速の精霊契約を行い、魔法の腕も王都のパーティーで披露した通りだ。
魔力量はまだまた伸び代があるが、これから精霊と付き合う年月を考えれば俺の年には抜かされている可能性がある。
保険の次男坊だった俺も面倒な跡継ぎ問題から離れられそうで万々歳だ。才能溢れる姪にはそのまま健やかに育ってぜひ侯爵家をほしかった。そしたら俺は引退して悠々自適に狩でもして暮らそう。
クルトの邸宅に着いてからも姪は休むでもなく、ファリーダは魔法の練習や勉強を欠かさずつとめていた。
今日だって姿が見えないと使用人が騒ぐから俺の精霊のレオに居所を探してもらうと、どこかの子供を引き連れて訓練場で射撃訓練場をしていた。もちろん魔法の。
的になった木の板は木っ端微塵になり、方々に飛び散っている。
俺が入ってきたときも今いる場所から歩いている様子もなかったから、随分飛距離を稼げるようになったようだ。
素直に彼女を褒め、侍女が探していることを伝えた。
少し行動力があるファリーダはしかし根はまじめな性格だ。遊ぶ相手もいない屋敷で退屈するだろうからと昔俺も使っていた屋敷の抜け道を使う胆力はあるが、同時に下の人間のことを思いやれる優しい子でもある。
慌てる彼女に俺も一緒に謝りに行ってやると言うとようやく少し落ち着いてくれた。
ついでに的の近くの城壁に近づく。片付けられる前によく見ておいて彼女の親にでも聞かせようと壊れ具合を見ている時、ふと隣の的に目が行った。
的が壊れていないが、光の加減でキラリと短剣が刺さっている。
その短剣は的のど真ん中にまっすぐ刺さっていた。それだけであればだれかが戯れに投げたのだろうと思ったのだが、その刀身はすべてめり込み、鍔のところでようやく止まっていた。
並みの人間ではこうはいかない。ましてやここは使用者が限られる場所だ。
まさかファリーダが?だが聞いてい見ても姪は魔法の訓練にしか使っていないと答えた。
「あの短剣はアウルが投げたのですよ!」
「なに?あの小さい少年がか?」
「はい!アウルはすごいんです!最初からコハクにも気づいていましたし!」
「!?」
短剣を抜いて不思議に思っていると答えはファリーダが教えてくれた
どうやらさっきまでいたアウルという子供は見た目に反して、普通の働きに出ている見習いではないらしい。しかも精霊の見つけ方を知っている。
身内に契約者でもいなければ初見でわかる人間はめったにいない。貴族でも契約している人間は限られているから少年が気づいたと言うのは異常なことだった。
もしかしたらファリーダ目当てか?警戒をしなければいけないところを、明らかに姪より幼い見た目に甘くなってしまった。
さっきまでいたのだし顔も覚えているが、おおかたファリーダに強引に付き合わされた使用人の子供だろうと引き留めて所属も確認しなかった。
後でどこで働いている子が確認しなければな。嬉しそうに話すファリーダにはあいまいに笑いながら、どの使用人に聞けばいいか顔を思い浮かべる。
俺の肩にも届かない姪が珍しくできた同世代の話を楽しく話しているのにこんなことを考えているのは俺も大人になってしまったなと思いながら廊下を歩いた。
その後軽くアウルという見習いについて聞いてみたが、すぐわかると思っていた身元は何人に聞いても答えが返ってこない。
身元の糸口もないので仕方なく後日一番付き合いのある姪に聞いてみても初めに聞いたことくらいしか情報は増えなかった。
ファリーダも侍女の目を何度も離れたせいで今回は少し叱られたらしく、あの少年にも迷惑が掛かると思ったのか、それ以降詳しく話す気はなくなったらしい。
様子を見るに何回も会っていて特に乱暴なこともされなかったようだが、彼女の両親から預かった身としては心配なところである。
姪のかたくなさがこんなところで出るとは。少し困ってしまった、現金な人間だ。
遠征が近い中不確定要素の人間を増やすわけにもいかない。
そう思って引き続き屋敷の執事やメイドに聞いて回り探してみるが、結局出発の時までアウルと言う名前の子供を知る人は誰も見つけられなかった。
名前呼びを変更しました。




