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73. 侯爵家の訓練所2

 

「ゼノリス叔父様!」

「ファリーダ。帰ったら侍女たちが探し回っていたから驚いたぞ!また抜け道から散歩してたのか?」


いつのまにか訓練所にいた体格のいい男に駆け寄るファリーダ。侯爵家のファリーダを呼び捨てにするということは彼女の関係者だろう。少なくとも使用人ではない。


 髭面にファリーダよりも暗い色だが侯爵家特有の緑色の瞳をしていた。ミドルなイケメンだ。

それで思い出す。彼はザハルガット家の次男ゼノリスだと。つまりファリーダが呼んだ通り彼女の叔父だ。そして侯爵領の軍人かつ森林軍に所属しており、森林軍の隊長を務めている。つまり俺の上の上の上司。


 そうわかってからは冷汗が止まらなくなってきた。彼ならどう見ても平民の俺がここにいていい存在じゃないのをわかっているはずだ。


「それにしても本当にすごい威力だ。あの的はファリーダの風魔法だろう?」

「ええ!前よりもうまくできた気がするの!叔父様はどう思われますか?」

「俺がお前くらいの時よりずっとすごいぞ!ザハルガット家のは将来安泰だな!」


 俺の焦燥を知ってか知らずが、ゼノリスは初めに声をかけてきた時のように破壊された的を見ながらファリーダの魔法を褒めている。彼のそばにもファリーダと同じように魔力の渦が居座っていたので、姪と同じく精霊と契約しているのだろう。貴族らしい適正の高さだ。


 なんとかファリーダの後ろにひかえ存在感を消していたのだが、おしむらくはこの叔父様はしばらく姪と戯れた後、「後ろの人間を紹介してくれないかな」といい、ファリーダがこのあと親切にも俺を紹介してくれた。


「大丈夫よ、抜け道を教えてくれたのは叔父様ですし」

「さいですか…」


ファリーダがこっそり耳打ちしてくれたが、全然安心できない。それはおちゃめな姪子の冒険心を満たすためで、今俺が侯爵家の生活圏内にいるのは別の話だ。


おそるおそる押されるまま前に出ると、ゼノリスはしげしげと俺を覗きこんできた。軍人なこともあり体はファリーダよりもちろん大きく、当然俺から見れば熊のような体格だ。威圧感がすごい。


「さしずめファリーダが連れ込んだんだろうが、この屋敷に小さい子供はいないし、最近働き始めた使用人か?坊主、名前は?」

「ア、アウルと言います…」

「アウルはすごいのよ!魔力を操作が上手だし、一緒に練習してたら私も魔法の威力が少し上がってきたの!さっきだってあんな短けムグ」

「あーあーあー!何でもないです!すごいですねお嬢様!魔法を初めてみせて頂きましたが私にはとてもとても出来ません!」


 ファリーダが興奮したまますべて話そうとするのでつい口をふさいでしまった。おそらく俺が短剣を投げた時はいなかったはずだから、侯爵家の備品を勝手に使ったことはバレたくない。ただでさえ不法侵入しているのに。


「はっはっは!ファリーダは俺に似てお転婆だな!随分と仲がいいようだ!だが見習いを困らせてはいけないぞ!アウルとやら!」

「はい!」

「俺の姪子が迷惑をかけたな。おおかた仕事を抜け出して呼ばれたのだろう。ここにいてはお前も怒られるだろうから、人が来ないうちに逃げるといい」

「…はい!そうします!ありがとうございます!」

「いい返事だ!軍人にもなれそうだな」


どうやらこの屋敷の使用人と思ってくれたようで、一安心していると最後の一言にびくりとする。

これは見習いは見習いでも兵役の新人だとばれたらやばそうだな。


 隊長格が荷物持ちの顔なんて見る機会はないだろうが、これからはゼノリスに気を付けなければいけなくなった。


 とりあえずこの場から逃げ出すため使用人の扉から一礼して元の敷地外に戻った。道は覚えているから大丈夫だろう。的場に短剣は刺したままなのが少し気がかりだが、ここは軍事の侯爵家、誰かが掃除して元の場所に戻してくれるだろう。


 ファリーダはのんきに叔父の膝の上で「またねー!」と手を振っているが多分しばらく会えないぞ。使用人の警戒が強くなりそうだからな。心の中で返事をするが多分彼女がそれを知ることになるのは後になってからだろう。

 俺も正規の軍人に目をつけらるのは遠慮したい。彼女には悪いが、しばらくあの裏庭にも行かないようにしよう。


 しかしゼノリスという人に会ったのは初めてのはずだが、なんか既視感があった。その違和感の原因に気づいたのは宿舎に却って眠りに着く直前だった。


 あの自信満々で大きな声の話し方、昔のファリーダそっくりだったのだ。思わぬところで彼女に影響を与えた人物を知ることになったが、できれば今の彼女のままでいてほしいとつい思ってしまった。

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