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71. 裏庭2

なんでこんなところに侯爵令嬢が。

よりによって一番気を抜いた瞬間、避け続けていた当の本人がやってきてしまった。


 いつから見ていたんだ?魔力操作の練習を見られていないといいんだが。いや、今「魔法を使えるの?」と聞いてきた。これはバリバリ見られてたな。はちあわせないだろうと油断したとたんにこれだ。いやワンチャン別人であってほしい。

 

 あせりが顔に出たのかはわからない。しかし返事をせず固まっているうちに、ファリーダは声をかけてきた後すぐ横を向いた。

何かと思って意識してみると、なんだか魔力が集まってある空間が彼女の傍にうずをまいている。あれは見たことがある。精霊だ。ファリーダの近くから離れずただよっている。おそらく契約した精霊だろう。

いつかの彼女も常に同じような魔力の気配があった。


 契約者にはしっかりと形が見えるというファリーダの契約精霊は、たしか長い尾ひれの魚の形をしていると昔聞いたことがある。風の方が得意なのになんで姿は水生生物なんだと思ったのでよく覚えている。


 姿も音もしない精霊としかし目の前の侯爵令嬢は意思疎通できるらしく、相槌を打ちながらなにやら話し合っていた。謎の作戦会議が終わった後、顔だけ覗いていた植木から全身がのぞき、こちらへ寄ってきた。


 うわあ。みるからに仕立てのいいふわふわのドレスを身にまとってとことこ寄ってくる。淡い黄緑が初夏の雰囲気にあっていて絵画のような光景だけど、君がいま歩いているのは汚れやすそうな雑草生い茂る裏庭なんだけどな。


 自分が育ちのいい家柄なのをわかっていないのだろうか。こちとらただの平民なのでうかつに近寄らない方がいいと思うんだが。そう思ったが強い好奇心で昔魔獣を生け捕りにしたりしていた彼女を思い出し、諦めた。


 ためらいなくこちらに近づいてくる傍で踊るように魔力の渦が跳ね回っている。精霊が動いているのだろうか。そう思いながらつい目で追いかけるとファリーダは一瞬止まり、急に目をキラキラさせてかけよってきた。


「ほら、やっぱりそうよコハク!この子あなたが見えるのだわ!ねえあなたお名前は?わたしファリーダというの!」


 近づいてきた勢いのま手を取られ、興奮気味に自己紹介された。やはり俺が知っているより子供のファリーダ姫で間違いなさそうだ。違ってほしかったのだがそうもいなかいな。

 両手を勢いよく上下に振られながら遠い目をする俺にかまわず彼女はそのまままくしたてるようにじゃべり続けた。


「コハクのことを目で追っているからもしかしたらと思ったのだけど思った通りだわ。外を気にして落ち着かないからついていってみたらこんな出会いがあるだなんて!同世代で見える人はあなたが初めて。」

「ねえあなたも精霊と契約してらっしゃるの?なんの精霊かしら?先程も精緻に魔力を操作していてすごかったわ!どなたに習っていらっしゃるの?せっかくなのだし一緒にお話ししましょう」

「まってくれ。まず俺は精霊は見えていないし当然契約もしたことない。魔法も使えないよ」

「嘘よ!だってこの子が見えるでしょう?」


 怒涛の勢いに俺の話を聞いてくれる気配がない彼女の髪留めの周りで、精霊もはやし立てるように動いている。むかつく動きだ。


「ほら!見てる!」


 魔力の渦をまたつい目で追ってしまい、それを根拠に再び詰め寄られた。

 まってくれ。俺が感じられるのは魔力の形だけなんだ。魔力が集まるのは魔法攻撃の予備動作で、ついくせで意識してしまうだけだ。そして悲しいかな精霊魔法は今の今まで欲しくても使えなかったから素質もない。

 怒涛のファリーダの合間をぬって必死に説明を重ねることしばし、ようやく彼女は落ち着いてくれた。



「そんな方もいらっしゃるのですね…ごめんなさい早とちりしてしまって。わたくし精霊と契約したばかりなのですけど、つい一緒の境遇の方だと思い、お話したくなってしまって」

「わかってくれたようでなによりです」


 一旦落ち着くと彼女はしょんぼりとしながら謝ってくれた。誤解が解けたのは良いが、いつのまにか彼女は隣に座っており、逃げるタイミングを完全に失っていた。ちなみに昔の癖でつい敬語で話してしまってそれが定着してしまった。


 しかしこの今横にいる少女、落ち着きを取り戻せば見るからにおしとやかな貴族のご令嬢だ。

 そもそも俺の知っているファリーダ姫と全然話し方が違う。俺の知る彼女はもっとこう、雄々しさが言葉の端からにじみ出ていた。

 今の彼女は好奇心こそ懐かしい既知の勢いだったが、育ちの良さを感じられる淑女である。

 この目の前の少女が元来の姿ならば、彼女のこれからの成長過程に一体何があったというのだ。


「でも魔力を操作していたのはどうして?魔法はつかえないのではないの?」

「ああこれは魔術を使うための訓練です。まだ実戦は危ないので魔力だけ動かして練習していたところなんですよ」

「まあ、実践にそなえてらっしゃるのね。実はわたくしもまだ危ないといわれているのですけど、叔父様の活躍をどうしても拝見したくて、」


 聞けばば別低を訪れた際、森林軍に所属しているファリーダの叔父が魔獣討伐隊の話をしてくれ、その話に夢中になってしまったようだ。無理を言って今回森林軍の遠征時期にこちらについてきたらしい。

 なぜこの時期彼女がここにいたのかようやく合点がいった。彼女の叔父も侯爵領の軍人であり、毎年遠征に参加しているらしい。

 叔父にあこがれた彼女によって、今回の遠征は万全の態勢がとられているらしかった。


「アウル!またここでお話ししましょう!他の人には内緒よ!」


 普段話さない魔法や知らなかった精霊の生態につい楽しくなり、気が付くと話し込んでいて時間が過ぎてしまった。名前を借りているジャスパー本人にも後で迷惑がかかると申し訳ないのでファリーダには本名で呼んでもらっている。ここでは俺を知る人もいないしいいだろう。

 さすがに話すぎたのか、太陽がだいぶ動いていた。仕事を抜けていることがばれそうなのでファリーダにお暇することを告げる。彼女も侍女を置いて抜け出していることを思い出し、すんなり立ち上がってくれた。

 去り際にしれっと次の約束を入れられる。断る間もなく足早にファリーダは去って行ってしまった。


 なんだか彼女の思うまま、また面識をもってしまった。しかしこうなると彼女は執念深く、定期的にこの場に来なければ俺のいる宿舎まで押しかけてきそうだ。これは諦めよう。


 前回みたいに気まずい別れにならないことを祈りながら俺は元の場所に急いで戻った。


 彼女と話していた時間がどれくらいわからなかったが、宿舎の同期にさぼっていたとさんざん恨み言を言われ教官にチクられ、夕食は抜きになってしまった。今度は怒られないように時間には気を付けよう。


 思わぬ再開後の誓いは、そのあと何度か破られることになるのだけれども。諦めてその日は空腹のまま眠りについて終わった。


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