69. クルトの兵宿舎2
「アウル!この遠征が終わったら正式に私のところにくるんだぞ!」
「姫、それは前回断ったはずですが」
「駄目だ。お父様にも頼んでもう決めたからな。それにファリーダと呼べといっただろう。もう一回!」
「…ファリーダ姫」
「うむ!」
ザハルガット侯爵家の騎士姫、ファリーダ姫は何回目かのループで兵士になった時、知り合った人物だ。
あれは戦いの基礎が身についておらず、結果死に戻りした次の生で、なんとか本格的な戦闘訓練を受けるために軍に入ったのだった。
だがまあ兵士と言うのは基本的に対人戦を主とする。魔獣との戦い方を知りたかった俺はこのままではいけないと思い、対魔獣の軍隊があるというクルトの侯爵軍に入隊を試みた。
もともとは別の領地の兵士だったため入るのは難しかったが、侯爵領との合同訓練の時、参加していた侯爵領の一人娘に覚えてもらい、森林軍に入ることに成功する。その時であったのがファリーダ姫だった。
侯爵令嬢の彼女は、当時から幼いながらザハルガット家代々の精霊と契約しており、貴族特有の魔力量で魔獣討伐の現場でも活躍していた。風魔法を使って魔獣を薙ぎ払う姿からついたあだ名が騎士姫だ。
次期当主も間違いないだろうと噂されていた彼女がなぜ俺を気に入ってくれたのかは不明だが、おかげで対魔獣の戦闘経験を積むことが出来たのには感謝している。
でもなー。勧誘が激しいんだよなあの姫。ワイバーンを倒せるようになって村に帰ろうとしたら何度も引き留められたのには困った。しまいには俺が故郷に帰りたい理由が魔獣からの侵略を止めるためと突き止めたとたん、領地に接していないのに俺の故郷へ遠征に行こうと外交まで始めだしたのは怖かった。平民の俺の何がそんなに気に入ったのだろうか。いまでもわからない。
「まてアウル、行くな、私がなんとかするから考え直せ」
「恩を返せずすみません姫、でももうスタンピードの時期だ。俺がいかないと村が襲われる」
「だからそのためにこの私が動いてやっているのだろう!もう少し時間があれば」
「だからその時間がないんです!…すみません。終わったらまた戻ってきますから」
結局俺が半ばむりやり離反して兵を出たので最後は恨まれていただろう。離反した後、村を襲った魔獣に対処できたはいいが、アンデッド化した魔獣が原因で俺は死んでしまった。そのあとのファリーダ姫がどうなったかはわからない。
焦った俺が出て行って、それが前生の別れだったので正直気まずいし。あと勧誘は普通に困っていたのを思い出してきた。
でもあのファリーダ姫がなぜここに?確かにクルトはザハルガット家の収めるクンザイトの首都だが、この時期まだ幼い子供は南のでかい別邸で過ごしているはずだ。本人がそう言っていたし。
年齢にすれば今まだ彼女は8か9歳そこらだろう。前で出会ったときはお互い10は越えていた。それでも初陣したのは今よりもっと後だったはずだ。
てっきりここにはまだいないと思っていたのに。森林軍に簡単には入れて気を抜いていたところから冷汗が出始めた俺には気にも留めず、周りの少年兵たちは騎士姫という言葉に盛り上がっていた。
「騎士姫ってあの?!まだ小さいんじゃねえの」
「それが小さいお姫様を見たってやつがいたんだよ。金髪で緑の目だったからザハルガット家の子で間違いないって」
「へーすげえ。もう魔法が使えるんだろ?今度の遠征で使うの見れるかな」
「わからんけどついていったら一度くらい見れるんじゃねえ?楽しみだな」
「目だったら声かけられたりしないかな」
「俺達荷物運びじゃ変に目立つしかないなーははっ」
「そうだな。変にでかい獲物でも背負って目立たないとな」
「…ん?俺?」
ファリーダ姫への対策で頭がいっぱいのまま会話に参加せずにいると、いつのまにか話していた奴らがニヤニヤこちらを見ていた。なんだでかい獲物とか聞こえたから俺の武器の事でも話題にあがっていたか?
「お前だよジャスパー。見た目で目立つのは馬鹿みたいな大きさのブツ持ち込んだお前しかいない。頼んだぞ」
「何を頼んだんだ今何を。俺は貴族と関わるのは嫌だぞ」
「えーそうか?いいもん食えそうだし可愛い女の子と話せるかもしれないんだぜ」
貴族の令嬢に夢を見ている奴が口を開く。そんないいもんじゃないぞ。
あきれていると別のひとりが壁に立てかけていた俺のウルアックスを指さしながら聞いてくる。
「でもあれ、背負うのはともかくお前の背じゃ大きすぎねえ?変な形してるし。なんか斧の刃だけみたいだぜ」
「ああ、あれは、あれくらいないと目標のやつを倒せないんだ」
「あんなって、なんだ竜の首でもとりたいんか」
「そうだなワイバーンくらいはとれるように頼んだ」
まじめに答えると一瞬の沈黙のあと全員に爆笑された。与太話とおもったのだろう。
「うるさいぞ新人!さっさと寝ろ!」もう一度怖い声で注意されたのでそれ以降は黙り、それぞれ就寝する流れになった。なんで最後に俺が笑われておわるんだ。ほとんど参加してなかったのに。
中二病ならぬこの世界の英雄病とでも思われたのか、暗くなってからもしばらくクスクスと笑い声をもらす奴もいた。
少しイラっとしたが、それよりも騎士姫こと侯爵令嬢が敷地内にいる可能性を思い出し、ため息をつきながら早めに目を閉じる。遠征中に彼女に出くわさないことを半ば本気で祈りながら、兵舎での初日は終わっていった。




