67. ケルンの実家
ーアズライト視点ー
アウルがオイバルを出て数日後、同時期にアウルの依頼のため移動していた俺はようやくケルンの街に到着した。
慣れない道をアウルの地図案内の通りに進み、初めてみたケルンは初めて見る規模のでかい街だった。オイバルに初めてついた時も生まれた村とは全く違う場所に来たと思ったのだが、正直ケルンの街はそれ以上だ。
オイバルではなかった検問所が街の入り口にあるし、傭兵ギルドの身分証を求められた。午前中には人が少なくなるものだと思っていた市場は昼になっても行きかう人が絶えない。商業の盛んな場所だと聞いていたがその通りの様だ。
アウルの事前情報がなければ右往左往していたところだったな。そう思いながらまた地図を確認して目的地を探す。作戦会議をしながら主な情報提供者のアウルは、知りえる事をできるだけ俺に叩き込んで飛び立っていきやがった。
あの時は頭が煮えるかとおもった。更にいつもの口数の少なさとは打って変わって故郷の情報はうんざりするほど喋り続けていたせいで付き合っていた俺は正直寝不足気味だった。おかげで今の俺はアウルの弟や妹の好き嫌いする食べ物まで知っている。絶対いらなかっただろと思う情報だ。1歳の妹の好物が熊肉の脂身なこととか。
ギルドで話していたアウルの冬の出来事を聞くに、謎に真実味が出ているのも怖い。
道中、アウルはただでさえ高めの報酬をすべて前払いするという異例の依頼の出し方をしてきたので、ゆとりのある移動ができた。もちろんまだ金は残っているし、歩いている屋台もうまそうな匂いがして、ここがオイバルならつられて何個か買い食いをしていただろう。
だが、これからやるミッションのため口に物は入れられそうにない。なぜこんな依頼を受けてしまったのか。今でも後悔がやまず、ケルンの街についたことで俺の緊張は最高潮に達していた。こんなことで冷汗の書き方なんか知りたくなかった。どうせならやばい戦いの前の緊張感で味わったほうがまだかっこよかったのに。
現実逃避をしていても、アウルの祖父母の商家にはなんなくついてしまう。さすが商家と言うだけあって開けた通りのわかりやすい場所にアゲード商店は店を構えていた。ケルンの街は何店も店があり迷うかと思ったのだが。もうついてしまったのならしかたない。
アウルとの打ち合わせの通り、店の正面ではなく裏口の扉を控えめに叩く。しばらくして奥から返事があり、最後の深呼吸をする。脇腹がキリキリ痛み始めたが無視した。
一応今回の依頼は記念すべき指名依頼だ。腹立たしいことに。仕事はシンプルに考える、できることだけをやればいい。アウルも商家のあいさつの仕方などを教えてくれながら、変わったことはしなくていいと言っていた。もし騙しとおせなくても依頼の反則金もないという。
でもやるぞ。今の俺はまがりなりにも正式に傭兵ギルドの指名依頼を受けた身だ。少なくとも最善を尽くさなければ俺のプライドが許せない。
扉が開くと同時に腹をくくった。
出てきたのは若い女中で用向きを聞かれた。「ドロマイトの息子だ。テラロッソとハウラに会いたい」というと待つようにいわれる。アウルから又聞きの祖父母の名前は正しく伝わったようだ。
しばらくして奥から年を重ねた女が一人出てくる。たぶん、年齢的に祖母のハウラだろう。
しげしげと俺の容姿を見るので、ごまかしに目にかぶせた前髪を手で直しながら、懐からアウルの父ドロマイトの手紙を出して渡した。
手紙をその場で開き、読み込んだ後静かに彼女は「まあ」とだけ言い、俺を中に案内する。よかった。門前払いされるという最悪の事態は防げたようだ。
テーブルに案内され、茶を出されるとほどなくして先ほどの女が同じくらいの年齢の男を連れてくる。この人がアウルの祖父なのだろう。少し深呼吸して気を引き締めた。これから俺はアウルだ!言い聞かせて目の前の二人に対峙する。
「初めましてアウルと言います。父はドロマイト、母はセレネ。ミーシャ村から来ました」
「その髪色は確かに出ていった次男ドロマイトに似ているが…なぜお前はここに?」
「あなた落ち着いて、不躾よ。先に手紙を預かっているの、まず読んでみてちょうだい」
薄い赤に染めた髪色を指摘され内心びくりとしながら、はじめに手紙を渡したハウラがなんとかとりなしてくれる。
そこからは腰をすえて手紙に書いてある内容から、尋問のようにここに来るまでの経緯やアウルの家族について聞かれた。
幸いアウルの出生地ミーシャ村の土地勘はないらしく、ここまで来るのにどれくらいかかったかはごまかせた。俺も知らない田舎村だしな。
父ドロマイトとセレネとの結婚、年下の弟と妹がいること。村で計算ができるので取りまとめ役のようなことをしていること、去年の凶作で生活が苦しくなり、なんとか冬を越したこと。息子であるドロマイトの質問が多かった。孤児院出の俺は他の親との情報を混同することもない。アウルに叩き込まれた情報の通り、なんとか答えていった。
家族のことが一段落すれば、アウル自身の事情説明だ。魔法について学びたいと考えたこと。村を出るにあたってケルンの祖父母の家を頼るよう言われたのを伝えた。手紙でも書いているはずだが、できるだけまじめに、アウルならどういう振る舞いをするかを考えながら話した。といっても聞かれたことに答えるだけだったが。
はたから見た他人の俺でも、目の前の二人が縁遠くなった血縁の世話をするかは五分五分だ。なにしろ街のいいところの娘との駆け落ちである。商売にも支障があったかもしれないし、激怒して縁切りされてもおかしくない。
「それにしてもずいぶんと体がでかいな。まだ幼いのは確かだが」
「よ、よくいわれる。同じ年の中でも成長が早いんだ」
「ふーむ」
重なる質問のたびに胃が痛くなり続けた。アウルがやっていたように年齢をごまかす日が来るとは。しかもあいつとは逆に下にみられるために。
緊張し続きで込み上げた酸っぱい胃液を必死で呑み込んだ。アウルはこんなことをギルドで平然としていたのか?いかれてやがる。
そう思っていると魔法を学びたい理由について詳しく聞かれたので、改めて姿勢を正した。当の本人は村を出るための方便と軽く言っていたのが二重に腹立たしいが、今は怒りはしまっておく。アウルに言われたとおりの村を出た理由をそらんじた。
「ミーシャ村の森で魔獣が出た。魔法を使っていて、なんとか倒したおかげでこの冬は越せたけど、危なかったのは事実だ。弟妹を生かすためにも不作への対策にも、魔法のことを知っていればもっとできることがある。習得できなくても無知は嫌だ。そう思って村を出た」
「なんと…?!魔獣がでたのか」
「そうだ。伝手が無理でも、学べるところがあれば教えてくれるだけでもありがたいんだ。きょうだいと村を助けたい。だから、どうかお願いします」
「…」
アウルに渡されたもう一つの荷物、あのやけに重みのある包みも机の上に出した後、アウルの代わりに頭を下げた。
あいつも俺にそうしてきたからだ。騙し討ちのように今回の依頼を頼んで、みっともなく縋りすいてきたくせに、最後オイバルを出るときあいつは俺に深々と頭を下げてきた。いつもは無表情の癖して軽いテンションなのにそれを消して真剣に。
俺があいつのまね事で、できるのはここまでだ。あとは目の前の二人の判断。俺は声がかかるまで頭を下げ続けた。
前に置いた包みが明けられ、商人故手慣れているのか手際よくコインを数える音だけが聞こえる。俺は静かにその音を聞いていた。
「顔をあげてちょうだい、アウル」
「そうだ、それでは話が出来ない」
しばらくして声をかけてきたのはアウルの祖母、ハウラ次いで祖父テラロッソだった。ゆっくり顔を上げると老夫婦は互いに頷いてこちらを向いた。
「何も言わず家を出たバカ息子に言わなければならん事はあるが、孫のお前を責めるのは道理に合わん。もしお前が他人だとして最低限の筋もあいつは通してきた。私は商人だ。だが親の情もある。できることはやってやろう」
「!ありがとう、ございます!」
開かれた包みの中にはアウルと想像していた通り、少なくない硬貨が並べられている。それを指さしながらしかし、祖父テラロッソは俺のことを孫だと認めてくれた。内心ガッツポーズをとるが、本来俺はは孫ではない。ややこしい。わかっていたが本当に厄介な依頼だ。
「ドロマイトの消息がわかって私は嬉しいわ。親子そろって頭が固くて、貴方がいなければあの子、一生連絡を取る気もなかったでしょうし。私も治療院の知り合いに連絡してみますね」
「ありがとう、よろしくお願いします。あ、りょ、両親に手紙を出してもいいで、しょうか?ケルンについたら出すよう約束していて」
「ええ、ドロマイトからの手紙にもかいていましたからね。私達も書きましょう」
はじめに声をかけてくれた祖母の方もなんとか受け入れてくれたようだった。騙している罪悪感と依頼達成の安堵で俺の胃痛は限界だったがこれが最後だと、なんとかこらえて礼を言った。忘れないうちに到着の手紙を出すことも約束してもらう。
考えていた中では上場の結果だろう。うまく話せた気がしないが、今まで一度も祖父母との接点がなかったことと、アウルの事前情報で何とかなった。
本当のアウルが白髪のような銀髪でおそらく母親似の顔だと知ったらおどろくだろうな。
余裕の出てきた頭ですこし後のことを考えながら席を立とうとすると、テラロッソとハウラが不思議そうに見つめてきた。なんだ?手紙はもう持ったし、はやく配達屋に行って依頼達成の報告をしたいのだが。
「アウル?どうせ戻るのだから荷物は置いていけばいいのでは?」
「え?い、いや、迷惑になるので宿をとるつもりなんですが、」
「「え?」」
「え?」
正直俺はこの場からすぐさま立ち去りたかった。胃痛も限界だったし。だが、目の前の二人は予想していないと言うような顔でみて顔を見合わせ、また頷いた。
「アウル、あなたはここに泊まるのよ。これは決定事項です。まだドロマイトやあなたの話を聞きたいし。明日はそうね服でも買いに行きましょう。今着ているそれだけでは不便だわ」
「え、いやでも」
「ああ、魔法を学ぶなら何かと入用だから用意してくれハウラ。だがカルコンの家には気をつけろよ」
「ええもちろんです」
俺は本当の孫ではないし、ずっとアウルの祖父母宅にいるなんて願ってでも遠慮したいのだが、話は勝手に進んでいく。
気づけばこれからケルンに滞在する間、ずっとこの家にいることになっていたのを、この時の俺は全く想像できていなかった。その結果、胃痛が終わるどころか更に悪化することもだ。
罪悪感に加え、二人の圧の強い好意に断ることもできず、俺は心の中で叫ぶ。
頼む、早く戻ってきてくれアウル!!!!




