66. 身代わり
ジャスパーが兵役に出される。
話を聞くと、詳しい事情が分かってきた。もともと侯爵領は16歳以上の男子の領民に兵役を課していたらしい。だがなぜか今年の春から急にその徴兵が13歳以上に引き下げられ、その条件にジャスパーは適用されるという。
しかし年齢にしても小さく、さらに長年の床生活で体も細い彼はとても軍仕事を出来るようには見えなかった。今も咳が続き、部屋のなかでさえ歩く姿を見ていないから、外を歩くのは当然無理がありそうだ。治療院に行くのにもお布施代はかかる。俺の治癒魔法は身内限定で基本的に少しずつしか効かないものだし、どちらにせよすぐに直すのも無理だ。
一応兵役を免除される方法もあるのだが、代わりに少なくない金銭を払わなければならない。額を聞くと普通の大人の数か月分の給料に近かった。何につけても対価は必要だ。
俺の目から見ても二人が困る状況なのは明らかだった。俺が配達したブラッドの手紙には家族への仕送りがあったが、ブラッドがその額を稼ぐのにもしばらくかかったはずだ。仕送りを送ってすぐ、またその倍の金額を用意するのはなかなか難しいだろう。
本来は生活費に消えるものを兵役免除の足しにしても、足りない分を補うにはまたしばらく日銭を働かなければならない。だが召集の期日に、それも間に合いそうにない。ブラッドの奥さんも街の中での仕事を増やして何とかお金を工面しようとしていたのだが、それでも足りなかった。
例年と違う命令にブラッドへ相談の手紙を送ったそうだが、どうやら行き違いになってしまったようだ。
万一の場合は借金も考えなければならい。苦笑しながら事情を説明した母親の顔は、しかし心労による陰りがみえていた。
不幸中の幸いなのか、今回の招集は特例によるもので本当に戦いに出るのではない。補給兵のような後方支援の増援として働くのがメインと役人は言っていたようだ。だが日常生活も難しいジャスパーが外に出れば更に体調が悪くなってしまうことは想像に難くなかった。
「母さん。公布の通り僕が行けばいいのだから、お金のことは心配しないで」
「お父さんとお母さんはお金のことが心配ではないのよ。ジャスパー。それよりあなたが倒れてしまうと思うと気が気でないの」
目の前で交わされる親子の会話から察するに、しばらく前から二人の間ではこの話題が何度も上がっていたらしい。なんとか兵役に出ようとするジャスパーに、日頃看病をしている母はどうしても思いとどまってほしい。当然結論はでないまま平行線のようだった。
親子にとって悩ましい議題だが、逆に俺は話を聞いている中でだんだん使える状況に思えてしまってきていた。しかし安請け合いは危険なため、念のため必要なことを確認することにする。
「その公布しているのは侯爵領の軍のところであってるか?もしかして森林軍?」
「ええ、そこだったはずよ。広場に看板が立っていて、役人の方が説明していたから」
森林軍は侯爵軍の中でも対人ではなく、侯爵領の北方に広がる森に出没する魔獣討伐を専門とする部隊だ。ほかの地域にはないここだけの珍しい部隊である。
そして実はこの部隊、俺がクルトに来たメインの目的地だったりする。
親に黙ってこっそりここへ入隊する下準備のため、わざわざ傭兵ギルドに登録しギボンに頼んで専用の武器を作ってもらった。本当はどっかの雑用係から城に入ってこの討伐部隊に参加しようと考えていたんだけどな。
個人で対処できない理不尽な理由で、家族が別離を選ばなければならない。そんな状況を見とどけるのは、このあいだまで弟妹と雪山で冬を越した俺にとって心臓に悪すぎた。
うん、だからちょうどいい。
「なあ。よかったら俺がジャスパーの代わりに兵役に行こうか?というか行かせてほしい」
「え?」
急な俺の提案に二人は不思議な顔でぽかんとした。
森林軍は毎年この時期に北の森へ行軍し、増える魔獣を間引きする。魔獣は人間の生活圏に出ること自体珍しいものだが侯爵領は比較的発見例が多く、その討伐管轄が森林軍だ。
俺はここで討伐に参加し、この年北の森に出るはずのワイバーン狩りに出るため来たのだ。
まだ話が呑み込めていない二人を続けて説得することにする。
「話を聞くに、困ってるんだろ?ジャスパーの体調に心配があるなら俺がジャスパーを名乗って兵役を受ければいい。俺なら背格好も色の薄い髪色も似ているし、招集令状を出せばジャスパーで押し通せる」
「でも、あなたもまだ子供でしょう。それに、」
いくら病弱の息子が心配でも、息子より更に幼い子供を頼るのは申し訳なさそうだ。うん。シンプルに良識ある人である。ループ人生の中の荒んだ記憶が癒されるような気がしたが、今は俺の都合に流されてほしい場面だ。
ためらうジャスパーの母にもう一押しした。俺もできればこのチャンスを逃がしたくないんだ。
「まだ小さいけど腐っても傭兵ギルドの一員だ。体力には自信がある。オイバルの街からここへも一人でたどり着いたんだ」
「それはそうかもしれないけれど、そんな急に今日会ったばかりのあなたに頼めないわ。それにこれは元々うちの家の話なのよ」
「俺、もともとその森林軍に入りたくてここに来たんだ。領民でもない人間がどうやって入れるか考えてたところだったから、むしろちょうどいいんだ。だから頼む」
今日知り合ったばかりの俺に遠慮するブラッド家族に、自分にも利益があることだからと説得すると、ジャスパー母はしばし考え、そのあと困った顔のまま、だが静かに俺の手を取った。
「たのんでもいいかしら?」
「もちろん。こちらから頼んでる。まかせてくれ」
「お母さん!?」
母の言葉に俺は大きく頷いた。驚くジャスパーには悪いが俺にとっては渡りに船だ。感謝の言葉を重ねる君のお母さんの気が変わらないうちに入れ替え作戦を決行したい。
そうと決まればさっそく出発しよう。俺はジャスパーの招兵状と、忘れかけていたギルドの配達依頼のサインもらい、ジャスパーに申し訳なさそうな顔で見送られながら、ブラッドの奥さんに路地に出るまで何度も感謝され彼女らの借家を後にした。奥さんはブラッドに事情をつたえる手紙を送るらしい。それは他のギルド員に依頼するように伝え、俺は先を急いだ。
まずは傭兵ギルドに戻って依頼達成の報告と報酬をもらい、その足で軍の兵舎に向かった。
ちなみに傭兵ギルドの中でも出兵の募集依頼が出ているのにこの時気付いた。さっき来た時は気にしていなかったが、どうやら一定以上のランクのギルド員にむけて出ているようだ。この街では近々何かあつという雰囲気をギルドでも感じることができた。ここを統治しているお偉いさんの中に、どうやら有能なやつがいるようだ。
さすがに目立ちすぎているので道案内も必要なく、この街で一番でかい城に到着した。周囲は領地関係の建物に囲まれている。しばらく歩いて城の裏にまわり、門から出てきた兵士にジャスパーの招兵状を出すと、驚くほどあっけなく中に入ることができた。「こんなチビで13歳?」と訝し気にみてきたのは無視したが。断じて言われた後少しかかとを上げて歩いたりはしていない。
それ以外は特に人相の確認もされず、紙一枚でするっと中に入って係の人間に集合場所に案内される。そこには俺と同じく、青年と言うにはまだ幼い、少年くらいの年齢の人たちが集まっていた。
背伸びをしたとしても、さすがに見た目は俺が一番小さい。それに加えて武器を持った人はほとんどおらず、包帯ぐるぐる巻きのウルアックスを背負った俺が列に加わると少し変な目で見られた。
目立ちたいわけではないのだがまあいい。案内されたところにおとなしく座る。想定外の経路にはなかったけど、これでワイバーンの討伐隊に一歩近づいた。ブラッドの家族には感謝だ。軍の中には治療担当の職もあるはずだから、もし縁ができたらジャスパー達に紹介できないだろうか。
あっけない入隊で心の余裕ができ、のほほんと楽観的なことを考えながら俺は職員の説明が始まるのをおとなしく待っていた。




