65. クルトの街
オイバルから西へ向かう侯爵領までの道のりはまた足で移動した。
前と違うのは背中に大きな鉄の塊を背負って入ることだ。こんな形の鞘なんて作れんと言っていたギボンは、それでも申し訳程度に刃先に沿わせるように革を張り、全体を布で巻いてくれた。
その風貌は日本の漫画で見たような少しかっこいい見た目になっていたので内心興奮した。
村を出たときより、今回の目的地であるクルトは更に距離があるので、今回は食料もちゃんと用意してる。道中狩りが必要になることもなく、時間短縮もできる予定である。
出発点のオイバルに親がいるわけでもないから隠れて保存食を準備しなくてもいいのは楽だった。村を出る時の交渉は大変で、あの条件がギリギリ両親の許容範囲だったので、今やってることがばれると考えだけで恐ろしい。アズライトにはぜひ頑張っていただきたかった。
人のいないところでは思い切り身体強化を使い、日の出ている間は進んで夜になれば休むのを繰り返すと、最終的に一週間ほどで侯爵領についた。普通の速さでいけば20日ほどかかる距離だ。
そこから首都のクルトまではさすがに人の行き来が多くなってきたので普通に歩いて移動する。
ようやく見えたクルトの都は周囲が高い石の外壁で覆われ、門の前に関所が置かれていた。傭兵ギルドの登録証を見せると「本当に本物の登録証か?ボウズ」と無遠慮に疑われながらそれでも通ることができた。去り際に街で面倒事はおこすなよ、と一言言われるくらいには信用がない。まあ子供だし、流れの傭兵なんて社会的信用はこんなものだろう。
こんな扱いは今までの人生で馴染みがあり、懐かしいくらいなのでこれも気にせず街の中に入り、記憶にあるはずのクルトの街を見渡した。
クルトの都はオイバルの街よりも更に栄えている国の北部を占める侯爵領クンザイトの中心地だ。門を抜けたところからは石畳が続いているし、建物も石造の2、3階建てのものが多く建っている。遠くを見上げると街の中で一際高くそびえ立つ治療院の屋根とさらに大きい領主の城が見えた。
行きかう人も多いし、まさに領土の中心地である。この人生で始めてみる都会に改めて驚きながらとりあえずクルトの街の傭兵ギルドを探した。
たしか東の外れの路地にあったはず。ループを跨ぐと昔の記憶は少し薄れてしまうのが問題だなと思いながら見覚えのある道を探し、目的地にたどり着いた。
今回も扉を蹴破って入る…なんてことはせず、普通に扉を押して中に入る。中に入った瞬間は周囲の注目が向いたが、子供とわかるとすぐにその視線は外された。話していたテーブルに向き直ってぼそぼそと会話を続ける。建物の中はオイバルのギルドより大きいが、中にいる人間は静かに話していて、また別の疎外感がある。ギルドと一口に言っても支部の違いは大きいな。
そう思いながら受付に向かい、配達依頼を受けている旨を伝えて、ブラッドの家族がいる地区を教えてもらった。
過去に来たことのある都市だとしても、さすがににこの街のことをすべて知っているわけではない。受付の人間には子供がたどり着くには少々遠いオイバルから来たという依頼書に一瞬片眉を上げられたが、それだけだった。簡単に住所の区画を教えてもらい、すぐに傭兵ギルドを出る。
報酬をもらうのは依頼達成をブラッドの家族にサインしてもらってからだ。
聞いた道の通りに路地を進んでいくと、街の中でも外壁にほど近い集合住宅の密集した地域だった。クルトのような都市は基本的に中心に行くほど裕福な人の居住地で、外に近いほど低所得の世帯が住む。ブラッドの子供は体が弱いと言っていたし、薬などで生活費もかかるから安い家賃の場所に住んでいるのかもしれない。
路地で遊んでいた子供たちにブラッド家の住所を聞くと、指であっちと詳しく教えてくれた。たどりついたそこは日当たりは良いが三階建ての二階部分に位置する小さな部屋だった。この地区の借家にしてはいいほうだろう。
ドアをノックすると、しばらくして返事があり扉が開いた。出てきたのは麻色の髪を束ねた、全体的に淡い色の美人さんだった。たぶんブラッドの奥さんだろう。旦那と全然雰囲気が違う。なんであの熊みたいな男と結婚したんだ。
彼女はあけた扉の隙間から顔をのぞかせた後、きょろきょろと訪問者を探して、目線の下方にいる俺に気づいてあら、と声をあげた。
手紙を届けに来たと伝えながらギルド証を見せるととたんに安心した顔を見せ、よかったらお茶でもと中に招いてくれる。
うん、こういう時、子供時代はいいなと感じるよな。人妻に招き入れられ中に入ると、四人もいればいっぱいになりそうな大きさの食卓があり、反対側の窓際にはベッドがあるというシンプルな室内だった。
二つ並んだうち、窓際のベッドには母親によく似た淡い色の少年が横になっている。病弱だと聞いていた息子だろう。
「うちにお客さんが来るのは久しぶりだから嬉しいわ。手紙もありがとう。今お茶を入れるから」
「ありがとうございます」
素直に返事をすると少し目を瞬いた後、微笑まれた。やめてほしい。俺は母さんみたいな年上の女性に弱いんだ。
「まあ礼儀ただしい子ね。まだ小さいのに偉いわ。よかったら息子の話し相手になってくれないかしら?ジャスパーというの。今日は体調がいいから起き上がれるの。ね?」
そういいながら窓際に映った視線をつられて追いかけると、ベッドにいた少年がゆっくり起き上がって端に寄りかりながら座りなおしていた。眠っていると思っていたが起きていたらしい。上半身をおこしたジャスパーは母親似なのか柔らかい表情でニコリと微笑む。ブラッドの血はどこに行ったのか、病弱さを引いても傭兵業を生業にする父親の影は全く見えなかった。
話をすると言ってもなにか話題を出せるものでもなかったが、ジャスパーがギルドや仕事の事を聞いてくるのでそれに答える形でなんとか話はもった。病気のせいで年の割に体が小さいことを気にしていると言うジャスパーは年を聞くと13歳だというので驚いた。さすがに俺よりも大きいが、がんばっても一桁後半の少年にしか見えない。よほど病気がちらしい。白い肌もめったに外に出られないのが理由のようだった。
それでも性格は穏やかで明るく、ジャスパーは父親の仕事である傭兵ギルドのことを話すと喜んでくれた。自由に体を動かせないのでかえって父親の職業に憧れを抱いているようだ。よかったなブラッド。昼から酔いどれている姿は秘密にしておいてやったから感謝してほしい。
途中からお茶を持ってきて来てくれた奥さんも話に加わり、しばらく楽しい時間が続いた。ブラッドの手紙には家族へ近況を伝える内容と仕送りが入っていたようで、補足で俺も最近見たブラッドの様子を教えたりした。ブラッドは仕送りのため、行商をしている商人と半拘束の長期契約を結んでいるため、まとまった休みに帰るのはまだまだ先の話になると言っていた。そんな話をしていると急に奥さんの反応が鈍くなる。
様子にいぶかしんでいると、ベッドのジャスパーの顔も俯いて口数が少なくなる。浅い咳をしながらその口はため息を含んでいた。
なにか困りごとがあるようだ。俺はいつものループ人生なら自分の目的優先で面倒ごとは避けていたのだが、今目の前で落ち込んでいる様子の二人の姿は、去年の冬の前の両親や弟の姿に重なってしまった。
「なにかあったのか?病気がわるくなったとか?」
家族の姿に見えたと思ったら、気づけば聞いてしまった。二人は顔を合わせ、困った顔でそうではないのだけど、と前置きしたうえで事情を話しはじめた。
「実はジャスパーが兵役にいかなければならない、かもしれないの」




