63. 手紙の依頼
それからしばらくは、ギボンの工房に寝泊まりしながら魔鉱石採集を手伝ったり、ギルドでの雑用依頼を受けたりした。
ギルドの仕事は狼の討伐以外は戦闘らしいものはなく、あっても街を離れる必要のある護衛依頼だったので街の周辺でできるものだけ仕事を受けた。
毎晩暖炉の前で鍛冶談義を聞かされるようになったギボンとの武器調整もあるし、ギルドに顔を出すうちにかかわるようになった傭兵達とコネを作るためだ。幸い魔石を見せた時をきっかけに、ギルドに行けばあちらから声を掛けられるようになった。
地元の村のことを小出しに話しながらそれとなく儲けの匂いで村の魅力を上げておく。主な話題は魔獣と魔石、あとは新しく育て始めた魔草についてだ。
話だけ聞いている人間には俺の村がずいぶん魅力的な素材の宝庫に聴こえていることだろう。
実際のミーシャ村は名前もほとんど知られていない辺境のド田舎なんだけどな。それについてはこれからどうにかしていくので安心して夢を見ておいてほしい。
「北の山沿いの村はは去年不作でひどい冬だったって聞いたけど、お前の村はそうでもなさそうだな」
「じっさい隣の村は厳しかったぞ。俺達のところもやばかったんだが、運よく魔獣も獲れたし、それでなんとか食つないだんだ」
「そりゃ不幸中の幸いだな」
「ほんとにな」
話の流れで去年の秋の不作の話になる。これまでのループ人生と同じように、去年は国全体で不作の年だったらしい。移動して仕事をこなす傭兵は、遠くの土地の情報も独自の情報網で伝えあっているのだ。
これまでのループと同じ情勢が続くなら、魔鋼の武器を用意してもらった理由である件の出来事もまた起きるのだろう。
少し今後のことを考えてると、突然後ろから頭を撫で繰り回された。顔を上げると赤茶に髭面の屈強な男が立っている。
「ブラッド」
「ようアウル。また魔石の話か?そろそろほんとにお前の地元に人間が押し寄せちまうぞ」
笑いながら声をかけてきたブラッドは、オイバルのギルドによく顔を出す傭兵の一人だ。俺と同じくらいの息子がいるらしく、なにかと気にかけてくれる。
ブラッドのように俺を子供扱いをしてくる傭兵は意外とおり、ギボンの工房からおりてくるたびにつまんでいた酒のアテを渡してくる奴もいる。そういう大人はたいてい顔が傷痕だらけのいかつい見た目をしている。
どうやら日頃見た目から子供に怖がられるため、ループのせいでどんな見目の人間にも大抵動じなくなったチビの俺を猫のように甘やかしてエサを与えているらしかった。
成長期の常時空腹の俺は遠慮なく与えられる屋台の焼き鳥などを対価としてぐりぐり撫でまわされながらほおばっている。
ブラッドも例に漏れず、外から来て早々さっそく屋台で買ってきたハムの挟んだパンを俺に渡してきながら前の椅子に腰かけた。
もらったサンドを遠慮なく食べながら、離れところにいる愛妻と愛息子についての話を駄賃代わりに聞く。
ブラッドの家族は西に行ったところの侯爵領の城下町に住んでいるらしい。息子は病弱であまり移動できないらしく、稼ぎ頭のブラッドが単身赴任で働いているとのことだった。
定期的に送金をしているようだがなかなか家族のいる街クルトに戻ることが出来ないと酒も交えて俺に愚痴を言っている。だがちょうどいい。話を聞いていた侯爵領の主都クルトは、ちょうど俺がこれから行く目的地なのだ。
「侯爵領と言えば魔獣討伐部隊があるところだろ。ちょうど俺もそのクルトに行きたいと思ってたんだ。よかったら家族に手紙でも渡そうか?」
「本当かアウル!?ぜひ頼む!駄賃は弾むから」
そう提案するとブラッドは赤い顔をガバリとあげて前のめりに頼んできた。勢いがすごい。
マダムの使ってくれた伝書鳩は個人で持っているか、高い金を払って使うもので、速いがたまに野鳥に襲われることもある。確実に手紙を送るなら信頼できる人間に頼むのはよくある話だ。
正直出会ってまだ日の浅い俺を信用して大丈夫かと思うところだが、曲がりなりにもマダムの紹介状で登録した俺の信頼度は意外と高い。
もちろんと頷くと喜んで受付に紙とペンをもらいに行き、すぐに机に戻って送る手紙を書き始めた。文字が酒のせいで大きくのたうって見えるが、文字の癖は素面の時と変わらないと隣の酔っ払いが教えてくれる。今は昼間なのだがギルドで管を巻いているような連中は、仕事と仕事の間が微妙にあいて暇な奴らだ。こんな父さんの姿はブラッドの息子には見せられないな。
しかし酔っているのにブラッドはちゃんと依頼として仕事を出してくれた。見た目はいかついがしっかり仕事はできる中堅傭兵である。
ちょうど窓口で仕事をしていたサムにブラッドからもらった手紙の依頼を受けたと報告し、ついでにオイバルの街を離れることを伝えた。
サムはオイバルを離れるのが早いと言いながら、少しホッとした顔を見せた。俺がギルドでしばらく人材の引き抜きみたいな活動をしていたので、それがなくなるのに内心ほっとしているのだろう。正直すまなかった。マダムが紹介状に貴重な魔石を俺がパルラの治療に使っていたこともしっかり書いてくれていたらしく、サムもあまり強くも出れなかったようである。
ついでにオイバルを出る前にギルドのランクをひとつあげてくれた。護衛や戦争などの傭兵らしい依頼はしていないが、狼の討伐に色を付けてくれたらしい。登録証の焼きごての印がひとつ追加された。
狼の討伐で一緒だったアズライトも一緒にひとつランクが上がる。アズライトにも今度街を離れることを伝えると、複雑な顔をしながらも彼はオイバルを拠点にしばらく活動すると言った。
つまりアズライトとは一旦ここでお別れだ。正直寂しいが侯爵領はここから更に遠いので、リンクへ行った時のように無理強いもできない。今世でも運よく友人になれたことに感謝しよう。他の傭兵達と同じように俺の村への勧誘をしておいたからまた村に帰ったらアズライトを呼びたいな。
「しかし気をつけてくださいアウル。傭兵ギルドは他の都市でも身分証で通用しますが、傭兵は基本拠点の地方ごとに固まているので、この街でのランクはあまり意味がない。あちらで活動するなら信頼もまた作り直しです」
「わかってる」
他の傭兵ギルドの支部に行ったことはあるが、サムの言う通りよっぽどランクが上でなければギルドを移動するごとに信用度はリセットされる。昔の人生でもそんなものだった。
だから大抵の傭兵は活動拠点にするギルドの支部からあまり動かないし、特に新米の時ははじめに登録したギルドで経験を積む。オイバルに残るのを決めたアズライトの決断は妥当な判断だ。この短期間で移動するのはブラッドの手紙の依頼があるにしても俺が異質なのである。
いくつか受けていたオイバルでの依頼で俺も少し金が出来たので、まだここにいるアズライトに俺は依頼をすることにした。
「アズライト。もし今受けている仕事がないなら俺の依頼をを届けてくれないか?あるところに手紙を届けてほしいんだ。近くだし簡単な依頼だと思うんだけど」
「お前も手紙を届けるのに自分の手紙は俺に頼むのか?まあいいけど…」
そういいながらアズライトはどうみても嫌そうな顔をする。なんだが疑われているような顔だ。
「どうした?」
「最近分かってきたんだ。そういうわけのわからないお前の行動には想像以上に意図があるって。それもわりととんでもない事情が」
心当たりがあるので目をそらすと、目の前で盛大にため息をつかれた。
「でも悪意はないのが困る。しょうがねえな。やってやるよ」
「!ありがとうアズライト!恩に着る!」
「うわっ抱き着くな気持ち悪い!!」
アズライトのやさしさに思わず抱きついてしまい、全力で嫌がられた。疑いながらも頼みを受けてくれたことが嬉しくて、つい記憶の中の距離感で接してしまった。
抱きついたついでに届けてほしい手紙の届け先も伝える。
「ありがとうアズライト。
手紙を届けるのはタタラの街の俺の祖父母だ。ついでに俺と背格好が似てるから、祖父母には俺のふりをして俺の親の手紙も渡してくれ。ちなみに俺の両親は駆け落ちして以来祖父母の家に連絡していない。届けてもらう手紙が駆け落ち以来初めての便りだ」
「ぜんぜん簡単な依頼じゃねえじゃねえか!騙しやがったなてめえ!!やっぱ断る!!」
だって気づいたら故郷の村を出て一か月近く経っていて、両親と約束した手紙の事をすっかり忘れていたんだ!
このままでは俺が約束を守らず思い切り自由行動していることがばれて怒られる!!!頼む助けてくれアズライト!
このあと俺は逃げるアズライトに全力で追い縋り、依頼の了承に結局丸一日を費やすことになったのだった。




