62. 勧誘
結論から言うと、討伐依頼のあった狼はあの時俺達を襲ってきた群れだった。
森の中で肉を食べながら匂いでおびき出し、切れ味を試しながらウルアックスでさくっと倒すと、個体の一匹に片目がつぶれた奴がいた。傷は新しく、オイバルへの道中俺が刺した狼と一緒だ。
今回は急いでいるわけでもないし、仮だがギボンの工房という拠点があるので二人で数匹の狼死体を引っ張っていった。
素材は金になるしもったいない精神だ。
ギボンのところに帰ったら、武器を使ってみての感想を伝える。
調整してほしいところを言うと、やってやるから出来たらまた来いと言われた。アズライトのは特に調整なし。グリットの蔦を細かいのに変えてもらったくらいだ。元がいいしな
その日はあーだこーだ言っているうちに暗くなったのでギボンの家に泊まり、翌日ギルドに狼を持ち込む。
なんだが冒険者ギルドのクエストをやっている気分になるが、本当は傭兵ギルドで害獣の討伐依頼は少ない。だいたい行商の護衛や戦のまとまった戦力が欲しい時の大口の仕事が主な生業だ。
ただまあオイバルの傭兵ギルドは地元密着型のギルドなので地域のなんでも屋みたいなこともある。
昨日ぶりに帰ってきたギルド。血はだいぶ抜けたとはいえ獣くさい獲物があるので中には入らず手前で待ち、職員を呼んで裏手の回収場で確認してもらう。
「あの壁にはってる依頼あっただろ。狼の。昨日やってきたから依頼完了で頼む」
「依頼はあるので受理しますけど、あの、今度からは依頼を受けると言ってからやってね。依頼した商工会への連絡もあるのだから」
と言われ、確認のため少し待たされる。
その間ギルドのテーブルで待っていると、ギルドの人間がわらわら集まってきた。何かと思ったらやれギボンに作ってもらった武器はどこだ、見せろ。持っていたつまみを目の前に置きながら言外に詳しく話せと言ってくる奴もいる。
ギルドに武器を持ってこなくてよかった。獣で試し切りして、今調整してもらってるからできないと答えると、がっくり肩を落とされた。
そうしていると追加でギルドの奥から人が戻ってくる。ギルドの入り口で狼をかついでいる俺達を見たやつらだ。俺とアズライトが倒した獲物を見物にいっていたらしい。
「おいアウルとかいったか坊主。あれ切った太刀どんだけ幅があるんだ?狼の胴体が真っ二つだぞ」
来て早々机にたむろっていた人ごみに参加して、人聞きの悪いことを言うのはやめてほしい。
あれは加減をミスって素材としてはダメダメになってしまっただったやつだ。しかし青ざめているそいつの顔を見て、今度はみんながそれを見に行ってしまった。
しばらくして戻ってきた人間は、同じような青い顔で帰ってくる。
まだ見ぬ武器に想像を膨らませるやつらがあまりに多かったので、仕方なく武器の概要を説明した。
創造力の豊かなものはそんなもの持てないと言うので身体強化でと言うとまた絶句される。まあ傭兵で使える人間は多いが一般的ではないしな身体強化。
またなんでどこで鍛えたと質問が飛んできた。ここは素直に言ってもいいだろう。そう思って生まれた村のことを簡単に説明する。
「俺の村、去年から凶作だったんた。食べるものが足りなかったから側の森で獲物を取って食料にしていたんだ。そしたらできるようになってた」
森での楽しい弟妹キャンプのことはぼかして話すと周囲から納得する声や唸る声がしてくる。
ついでに俺の身長が低いのも栄養失調のせいという主張もこれで頷いてれたらいいな。
しばらくして1人が「その年で使えるのか…故郷のもりってのはどんだけ魔境な故郷なんだ?」と呟いたので、ちょうど首にかけていた魔石を取り出した。
鈍い赤の半透明な石の欠片。氷赤熊から取り出し、パルラの治療にも使ったものだ。
魔石を知らない若い人間はなんだそれ、と言い、それをみた年配の人間には静かに口をつぐむ。
確認するように中堅ぽい風貌の1人がこれ魔石か?と聞かれたので、頷いた。
とたんに取り囲んでいた人たちはざわめいた。また魔石が何かわかっていない若者は、こんな小さい石が大事なのか?と触ろうとする手を年配者にはたかれる。
「馬鹿!この大きさでしばらく遊んで暮らせる額だぞ!」
「え?ほんとか?」
「ああ、しかも魔獣から出た奴だ」
言われても若者はピンと来ていなかった。経験の浅い人間は知らないように、魔石は高値で取引されるが用途が限られてあまり知られていない。
魔石には大きく2種類あり、天然の石と、俺が持っているやつのように生き物から出てくるものだ。地面を掘って出てくるものは権力者とかが独占しており、一般人には手に入りずらい。一方、魔石からでるものは魔獣と戦わなければならない欠点はあるが、誰でも手に入れる機会がある。その魔獣自体珍しいけどな。
市井の人間でもちょっとした金になる魔獣の生息地情報に、年長者は浮足だった。
「でかい赤熊が村の森に出たから一匹倒したんだ。解体したらこれがでてきた。その後もこの冬にもう1匹出たから大変だったんだ」
「魔獣が年に二匹?うそだろ」
「本当だよ。これを持ってたやつはおれが、俺の弟がもう一匹を獲った」
「は?」
村に関心を持ってくれたのでここは勝機と、一緒に持ってきていた魔獣の牙とか爪とかを出す。見せると遠くから話を聞いていたのか、更に人が集まって来た。
「俺の家は村のとりまとめやらしてる家だから、魔獣を討伐してくれたら報酬は出すよ。村に危害を及ぼす魔獣を取り除いてくれるのはありがたいし。その場で魔石を換金できるくらいの蓄えもある」
その場で使える金銭への交換はその日暮らしの人間立ちには助かる情報だ。俺の家を通せば安心して依頼を受けられると言うと、周囲は浮足立った。
よしよし、そうして俺の村を守ってくれる人材確保だ。もちろんうちの家に報酬を出すような財はまだない。でもそれはこれから作ればいいし。
テーブルの一角で盛り上がっていると、コンコン、と木の棒で床をノックする音が聞こえた。そちらを向くと箒を持った副ギルド長のサムが困った顔で立っている。
「仕事人の引き抜きはできたらしないでくれ」持ってきていくれた狼討伐の受理証と報酬を渡されながら苦笑を浮かべた顔で注意された。確かに。オイバルで働く人がいなくなるのは困る。
でも村に人が来てほしいのは本当だからなあ。ごめんサム。します引き抜き。
心の中でサムに謝りながらなあなあに返事をしてごまかした。
万が一仕事がなくなったらサムも俺の村に来てくれたら大丈夫だ。たぶん。
その後も武器と魔獣の質問か耐えなかったので、武器はアズライトも作ってもらったからと話題をなげ、人だかりを分散させて魔獣の質問に重点的に答えていった。
アズライトは人に囲まれながら恨みがまくこっちをみてきたので後で謝ろう。
盛り上がるギルドの真ん中にいながら、俺は今日の宿のことを考えていた。俺が始めた話だけど、この後は夜まで人に囲まれるのも疲れるし、しばらくはギボンの工房に世話になろうかな。
ギボンは集中すると、1つにかかりきりになるし、今のそれは間違いなく魔鉱を使った武器の製作だろう。つまり俺たちの武器である。
すぐとりかかって完成すれば意見を聞かれるので、でどうせ早く行った方がいい。
と思っているとサムに今回はギボンの仕事が早かったから調整も早いだろう、どうせ知らせがすぐ来るから先に行ってやれと言われた。
どうやら同じことを思っていたようだ。
副ギルド長の言葉もあって、ギルドでのおしゃべりはほどほどに切り上げて、俺たちはまたギボンのいる丘に戻っていった。




