60. ギルドの正式登録
オイバルまでの帰りの道は、行きとうって変わって急ぐ必要もなかったので、二人で歩きながら帰った。体もすっかり元気なので走ってもいいのだがアズライトに全力で止められた。
リンクの町では口下手設定になっていたアズライトは、リンクの町を出てから俺への文句を発散させている。俺も流れで巻き込んだ自覚はあるので、主に俺に向けられているその文句を甘んじで受けていた。
「ずっと思ってたんだけどよ、魔鋼だが魔石が知らないが、なんで毎回ちょうど使えるもん知ってんだよ。ちょっと気持ちわりぞお前」
「あー」
文句がてら魔石などのことを言われたので答えに詰まってしまった。もちろんこの人生をループしているからなどと言えない。
うん。めんどくさいので話をそらそう。
「魔石は俺の村でとれたやつだし偶然だよ。今回はうまくいったけど使い勝手が悪いな。できたら他にも使いたいんだけどな。今回は無理に使ってしまった」
「魔鋼の答えには全然なってねえぞ」
話を逸らすことは俺の苦手分野だ。ちょっとした嘘はつけるのにな。アズライトに痛いところをつつかれながら歩いて進んでいく。
魔石はまだ内包している魔力が残っていて使えるので、リンクを離れるときにマダムが返してくれた。低魔力症は危険な症状だが、今回のようにおきる原因ははっきりしているので峠を越えたパルラにはもう滅多に再発はしない。また出産するタイミングがあればその時様子を見に行けばいいだろう。今の俺にできるのはこれくらいだ。
首にかけた魔石をもてあそびながら道を進み、野宿をはさみつつ三日ほどかけてオイバルの街へ戻ってきた。
「いいかアウル。ギルドについたらさっきリンクから帰ってきたみたいな空気、絶対に出すんじゃねえぞ。俺はあのマダムを怒らすのはごめんだからな」
「わかった」
「絶対だぞ。てかなんで俺が念押ししてるんだよ?!」
初めにオイバルの街へ来たようなやりとりののち、今度は普通に扉を押して久しぶりの傭兵ギルドへ入った。
受付に近づくと入ってきた俺たちに気づいたのか、副ギルド長のサムが駆け寄ってくる。その顔ははじめて俺たちが来た日とは違って、眉間の皺も見当たらなかった。
「ようやく顔を出したかアウル!数日前に姉さんから文が届いたぞ。君をよろしくと記してあった。あれはホラ話ではなかったようだな。まあそんな気はしていたが」
「疑いが晴れてよかったよ。俺もちょうどなくしたと思っていた紹介状を見つけたんだ」
「なんだ。あるなら最初からそれを出せ」
「途中の道に落ちてたんだよ」
サムが笑顔でマダムの知らせが来たと告げてくれたので、俺もつい数日前にもらった紹介状を懐から出した。となりで鼻白ませた顔のアズライトは無視しておく。お前が知らんふりしろって言ったんだろ。言われなくれもするけども。
「それにしても改めて、身内を助けてくれてありがとう。リンクにいるパルラは私の姪でもある。疑うのは仕事とはいえ、礼が遅れてしまった」
「気にしなくていい。俺もはじめ乱暴に挨拶してしまったし」
「そういってくれると助かるよ」
マダムもだが、弟サムも揃って礼儀正しい人だった。パルラの感謝も改めて伝えてくれる。
しかしあの時は本当に何もしていなかった時期なので、答えながらつい目をそらしてしまった。幸いサムは俺の態度を変に思うことはなかったようだ。
だがこれで傭兵ギルドに正式登録できることになった。つまりハッタリが失敗して俺が傭兵ギルドに袋叩きに会うことはなくなったということであり、武器制作を依頼したギボンからも無事納品してもらえそうだということだ。
ギルドの受付で改めて正式な手続きをして、既に用意してあったというギルドの登録書ももらった。先にもらったアズライトと同じものである。いちばん若手に渡される木の板は、記憶にあるものと変わりなかった。
正直つじつま合わせでマイナスのハイリスク借金をゼロに戻したような感覚なので大きな感慨なんてなかったが、話を聞いていたアズライトは隣で安堵の息をついていた。ついでに蹴られた。
アズライトはリンクの町からすっかり俺にツッコむのが癖になっているようである。子供の体には衝撃が強いのでせめて回数を減らしてほしい。
「それにアズライトのことも書いていたぞ。いろいろと世話になったそうだな。君も言ってくれればよかったのに」
「え、あ、いや俺は、雑用しただけだし、こいつほど肝はすわってたくない、から」
サムに話を振られ急に目を向けられたアズライトは予想外のことだったのか、リンクの町の態度に逆戻りしたようにしどろもどろになり、気まずげに目をそらした。
マダムの書いた文章を見てはいなかったが、義理堅いマダムなら彼のことを書くのは当然だったな。俺はごまかす覚悟が出来ていたけど準備していなったアズライトはすこしかわいそうだった。うん原因は俺だけどな、アズライトお前いま失礼なこと言わなかったか?
リンクでの出来事をようやく本当のことにできたので、マダムのことについていろいろ世間話をしていると、話の流れでギボンの言伝があると教えられた。
「武器が出来たから見に来いと言っていたぞ。しかしどうやって依頼を受けさせたんだ?ギボンは滅多に受けないことで有名なのに」
「あー、企業秘密だ」
「きぎょう、ひみつ?」
「内緒だ」
話を聞くと、あのギボンが依頼を受けたときいて、他のギルド員も武器製作を頼みに工房へ飛び込んでいったらしい。
勇敢な挑戦者達は、鍛金を邪魔された不機嫌なドワーフに容赦なく吹き飛ばされたようだ。「鉱物集めもあって忙しいのを邪魔するな」と屈強な大男に皆すげなく断られたようである。
しかしもうあの手は使えないからノウハウもなにもないしなあ。
仕方ないのであいまいに答えると、ギルド職員であるサムは「まあ商売道具だしな」と深く検索しないでくれた。仕事のできる人である。
しかしギルド内にいるギルド員が何人か背後の机で耳をそばだてているのを感じたので、受付での話がおわると人に捕まる前に早々に退散した。なんだか毎回ギルドは長居せずに出て行っている気がする。まあいいか。さっさとできた武器を見に行こう。
一緒に武器を作ってもらったアズライトもギルドの不穏な空気を感じたのか、同じく足早にギルドを後にした。
向かうはドワーフの鍛冶師、ギボンの工房だ。




