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58. リンクの町3

 マダムが強く握った手に返す力はなく、パルラの腕はだらんと下がっている。

 脈を図った産婆師が低魔力症かもしれないと渋い顔で告げた。


 低魔力症は出産の前後で母親に起こりやすい病で、一般的に胎児がいなくなった後、体内の魔力が変化することで意識が混濁する等の症状がある。

 脈も弱くなり、心臓の動きが悪くなるので、最悪の場合生まれた子供が孤児になってしまうことも少なくない。


 今のパルラの症状はそれに当てはまっていた。


 民間に伝わる対処法はとにかく体を温める、声をかけ続ける・塩水を飲ませるなど患者の意識を持たせる手助けのみで、症状が好転するのは五分五分だ。


 実際俺の知っている時のパルラは、命は助かったものの、以前のような日常生活が難しくなってしまっていた。

 そのあと低魔力症の対処法を知った時は、あの時あれを知っていればとつい思い出してしまったものだ。

あの再現をただもう一度見るのだけはもうこりごりだった。


 俺は必至に声をかけるマダムとパルラの間に無理やり割り込んだ。


 マダムに怪訝な顔をされたが時間がない。対処は早急にしなければ代謝が一気に下がって生命維持が難しくなる。魔力タンクの魔石の欠片を渡しておいて本当によかった。


「マダム。低魔力症なら外から魔力を渡さないと危ない。俺の魔石を使って」

「アウル?何を言っているの?それになぜその呼び名を…」


 おっと。うっかり呼びなれたマダムと彼女を呼んでしまった。彼女は自分をマダムと自称したことはない。あれは仕事の傭兵ギルドでのあだ名だ。

 自己紹介から頑張って本名のマルバで呼んでいたのに。でも今はそれにかまっている時間はなかった。


「俺が魔力を流すから、パルラに回して。魔力譲渡は身内の方が拒否反応が少ない」

「無理よ!私は聖職者でもないのに」

「できる。あんた元院の出だろ」

「?!」


 前のループ人生で聞いたことがある。マダムと彼女の夫の馴れ初めは治療を行う治療院だったと。マダムは治療院に属する職員だったらしい。

 残念なことに操作できる魔力が少なかったことと、治癒魔法を使う才能がめっきりなく、仕事を移したと苦笑交じりに言っていた。


 しかし魔力操作について訓練する数少ない治療院の出なら、彼女は一般人よりよほど魔力について扱えるだろう。


「魔力の抵抗があると思うけど、そのの抵抗は俺が出来るだけなくしてく。流して渡すだけなら俺にもできるから。あとはパルラに拒否されないマダムを通せばきっとできる」

「嘘でしょう。魔力の操作だけでも他人に渡すのは負荷がかかるのよ」


 院で良く学んでいたらしいマダムは魔力譲渡の危険性をよく知っているようだ。


「大丈夫。俺はそれ得意だから。弟にもやったことがあるし。それに急がなきゃパルラが危ない」

「…そうね。貴方ができると言うのならわかったわ」

「うん。大丈夫だ。できるぞ」


 嘘である。

 いや、風邪をひかせてしまった弟に治癒魔法をかけたことは本当だが、嘘なのは魔力譲渡の負荷についてだ。

 弟には血縁限定で特別にできた。今からやろうとしている魔力譲渡は、補助で魔法陣を使うにしても魔法の才もない、ただの一般人の俺はおそらく魔力を取り込んだ時点でだいぶ具合が悪くなる。

でも知っている人が死ぬよりはましだろう。

 俺の表情筋が動きにくいことに感謝だ。そのまま苦悶の表情なんか浮かべずに処置していきたい。

 しれっとついた嘘だったが、マダムは娘の危機に時間も迫っていることもあってうなづいてくれた。


 実際元職場の治療院で本当に他人の魔力譲渡に適性のある同僚でも見てきたのだろう。

 マダムの経験に感謝だ。


「でも条件があります。あなたの具合が悪くなったらすぐ止めること。体に異変があればすぐ言うこと、約束ですよ」

「うんそうする。マダムは俺の手と、パルラの手を握っていて、流すのは俺がやるから、マダムのイメージは俺が渡す魔力のろ過だ」


 マダムの右手に娘パルラの手を握らせ、もう片方のマダムの左手を俺が握る。

 魔力の流れに集中してもらうため目を閉じてもらい、その間に手早く床に血で魔法陣を書いた。後で床を汚したのを怒られるかもしれないので先に心中で謝っておく。幸い産後の部屋に俺の血の匂いはまぎれて目立たなかった。


 絵描いた魔法陣の中心に返してもらった魔石を置き、起動剤に自己魔力を流した。

 魔法陣から魔力が体に昇ってくると、魔力回路にイガイガとした感覚がはしり、不快感に思わずたたらを踏む。陣中で乱れはだいぶ抑えたはずだが、それでも雹赤熊の魔力は人の体に合うものでもなく、ビリビリと体がしびれてきた。

 慣れない魔力が回ってくる不快感に冷汗が出てきたが、それを無視してプールした魔力の癖を少なくし、マダムに渡す形に整えた。


 整った魔力を今度は少しずつマダムの手に流していく。

 マダムは流れてきた魔力にピクリと反応したが、眉をよせたのみで、そのまま魔力をパルラに流していった。


 部屋の中は緊迫した空気のまま静かに時間が過ぎていく。通常出産時の魔力の低下には、出ていった赤ん坊の魔力分を体に戻し、患者の容体を安定化させなければならない。

 はやく渡してやりたいのだが、マダムと俺とで渡している魔力は魔石由来なので、急にいれても体が拒否反応を出す可能性があった。弱っているパルラはなおさらだ。


 どれくらい時間がたったかわからない中、脈を測っていた産婆師に脈が少し弱くなったと教えられた。

 やばい。こちらは外部魔力の不快感と魔力の安定化で手いっぱいだ。


 しかたがない。産婆師の報告に目をとじながら眉をこわばらせたマダムに念押しで頼む。


「パルラの体力が持たないかもしれない。治癒魔法使えないか?今なら魔力はあるだろ」

「また無茶を言うわね…!でもええやってやります。少し集中しますから、声をかけないように」


 珍しく余裕を失いながらしかし、マダムは握る手を強くしながら魔力を練り始めた。

 そして数分後、しばらくして微弱ながら治癒魔法を発動させた。魔力譲渡と治癒魔法を並列に行いながら。

 思わず心の中で口笛を吹く。自分で言っておいてなんだがマダムのやったことはすさまじい。普通二つの魔力操作を操ることは難しいし、その片方が治癒魔法ならなおのことだ。


 弟オーシャンの時と同じように血縁だとしても、慣れない魔法の発動はなかなかできない。

 それをマダムは微弱ながら、確実に実行していた。魔力があれば本当に治療院で働くこともでるだろうと思うほどに高い技術だ。

 

 そう思いながら、無意識に求められる魔力も増加したので俺も魔力の成形を急いで増やしていく。

 そうしてまた時間をかけていくと、なんとかパルラの脈は弱弱しいながら規則的なものになっていった。

 だが予断をゆるさない状況であることには変わりないので、魔力は引き続き流し続ける。

 たまってくる魔力回路の不快感には目を背けて、俺とマダムはまた魔力譲渡に集中した。


 そして夜も更けて朝になろうとする頃、ようやくパルラの顔色に血の気が戻り、呼吸も安定してきた。


 見守ってくれていた産婆師は峠は越えたと伝えられて、ようやく肩の力を抜く。二人とも汗は張り付いて、息も絶え絶えでその場で床にしゃがみこんだ。


 入室を許可されたパルラの旦那も入ってくると眠っている彼女みて涙ぐみ、抱きしめて産婆師に怒られていた。マダムもそのあと婿殿に支えられ、疲労の色を浮かべながら姿勢を正して微笑んでいる。


 よかった。どうやら過去に見てしまった未来の危機から脱したようだ。

 相変わらず行き当たりばったりのことをしてしまっている気がするが、ひとまず安心である。恩があるマダムの家族を助けることができて良かった。

 予後にもよるが、パルラの後遺症も軽くなったはずである。


 しかし随分疲れたな。酔ったような気持ち悪さも体に残っているし。とにかく今は休もう。

 俺は安堵のままようやく、たまった疲労に抗わずその場で意識を手放した。

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