55. ハッタリ
ギボンは頭をひねりながら武器の製作依頼を受けてくれた。そのまま小屋には戻らず引き続き林で魔鉱石を探すらしい。ということで夕暮れに差し掛かる頃、その場で解散になった。
ついでに解散際、俺の村へも勧誘しておいた。考えておくと言われたので、武器を取りに行くときにまた誘ってみよう。俺の村は鍛冶師がいないので実際にきてくれると嬉しい。
あの森、魔獣は出がちだがその分魔力系の資源が多いんだよな。村の歴史が浅いし、魔獣が危険すぎてあんま認知されてないけど。いずれはそのへんの開発もできたらいいな。
魔鉱石から魔鋼の生成、そこから武器への製造にしばらく時間がいるとのことで、完成は十数日後、ギルドを通して伝えてくれるらしいのでその日以降取りに行くことになった。
それまで余裕が出来たので、傭兵ギルドでの用事は一旦おわりである。
アズライトは武器の完成が待ち遠しいらしく、街にもどる道中でも興奮気味だった。アズライトの頼んだ武器はみんながよく使うオーソドックスな片手剣の武器だ。武器は楽しみなのは俺もそうだが魔鋼の特性を知っているのか?きいたら鍛冶師が目の色を変えるならすごいものだという認識らしい。ミーハーだ。
「魔鋼の武器は魔力の伝導率が高いのが特徴なんだ。つまり魔力操作できないと鉄より重いし扱いは難しいぞ」
そう伝えたがあまりピンと来ていなかった。まあ実物を使えばわかることだろう。
「しかしどうしようかな。武器ができるまで金もねえし、これからアウルはどうするんだ?」
「オイバルでの用事も済んだしこれから俺はリンクに行く」
俺についてきたのは暇ということも本当だったらしい。用事が済んで手持無沙汰になったアズライトは次の予定を聞いてくる。
「リンク?ああマダムってギルド長が今いる村か。てかお前、そこから来たんじゃないのか?」
「いや、俺はリンクに行ったことない。行くのはこれから初めてだ。」
「は?」
うんはじめてなんだ。
「お前、リンクの村でマダムに会って紹介状を手に入れたんじゃないのか。ギルドであんな大見栄切ってただろ」
ギルドでの俺の行動を知っているアズライトは当然浮かんでくる疑問を投げかけてきた。俺は気持ちにっこりと笑顔で彼に向き合う。
「アズライト、俺とお前の仲だと思って頼みがある。これからいうことは秘密にしてくれ」
「なんだ急に気持ち悪いな。だれが俺とお前との仲だよ。今日初めて会ったやつに言うことじゃないぞ、おい肩をつかむな。怖い!」
そういうなよ前回は相棒だったじゃないか。今日は土も一緒に掘ったし。
「アズライト、実は俺リンクの街に行ったことはない。マダムに会ったこともない。彼女の娘も多分まだ出産前の妊婦さんだ。」
「ん?どういうことだ?」
突然の情報にアズライトの頭は追いついていないようだ。
「つまり、俺がギルドで言ったことは全部ハッタリだ」
「は?」
二回目のは?をもらってしまった。
そうなのである。マダムに会って何回目かの人生で娘さんには会ったことがあるし、実際にお産を助けたこともある。だがそれは今までのループの出来事であって、今回ではない。マダムと俺は現時点で赤の他人だ。
「だが大丈夫だ、これから行って全部帳尻を合わせてくれば問題ない」
「は?」
「という訳でこれからちょっぱやでリンクに行ってくる。一緒に行こうぜ」
「いやすぎる」
三回目のは?を発した後、かつての相棒は道の真ん中で頭を抱え始めた。
「頭が痛くなってきた…つまり、あれか?ギルドで言っていた、マダムから紹介状をもらったのは嘘で、実際には娘さんも助けてないし、そもそも本人にも会ったことがないと」
「まだな」
「まだとかいう問題じゃねえだろ!どうすんだよ!全部嘘だとばれたらやばいじゃねえか」
というかどっからが嘘なんだ?さわぐアズライトは混乱の中でも核心をついたことを言ってくる。
まあそうだな。流れの人間が多い傭兵ギルドにも掟は存在する。その掟の存在意義はメンツを保つことだ。騙しなど即座に制裁の対象である。
「そうだな。いまマダムが帰ってきて俺のことを聞いて嘘だと言ったら、それこそあの場の人間に全員に殺されるだろうな」
「だめじゃねえか!」
「大丈夫だ。俺はかわいい弟と妹をおいて死ぬつもりはない」
「おまえの家族のことなんか今どうでもいいだろ!なんて奴とつるんじまったんだ俺は!」
せっかく田舎から出てきたのに、恨み言を言うアズライトはとうとう蹲ってしまった。おいおい、人がめったに通らないとはいえ道の真ん中で居座ってしまったら周りのご迷惑だぞ。
「という訳で暇だったら一緒に行こうぜ」
「今の情報でついていくと思ってるのかよ。俺は今猛烈にお前と距離を置きたい気分だ」
「そういうなよ相棒。武器もまだできないっていうし、ギルドの依頼も特にない。それに急げばリンクの町へは二日で行ける距離だぞ」
「誰が相棒だ。今日の出来事全部が疑わしくなってきやがった…。問題のリンクの町?一応聞くが、それはどれくらいの速さで行く気なんだ」
「?そうだな。日の出ているあいだ走り続けるくらいかな。特に坂があるわけでもないし道は楽だぞ」
「ひっ」
なんで移動速度なんて聞くんだ?そう思いながら答えるとアズライトは蒼白な顔を更に青ざめさせた。
「マダムと顔をつなげるのは後々いいぞ。誠実な人だし。娘さんが出産するのはあと三日後くらいのはずだから、手伝ってくれると俺も助かる」
マダムがギルドを留守にしている時期を考えると、もう産まれるのに時間はないだろう。記憶にあるマダムの知識だけでギルドに事実無根のハッタリを使ったのに少々罪悪感もある。でも昔助けられたことがあるマダムだから、今回は俺が助けたいのも本当だ。
出産はどの世界でも一大事である。人手は多いに越したことはない。来てくれないかなーとアズライトをチラチラ見ると深いため息をついて顔を上げた。
「あーもう仕方ねえな。依頼もないし、付き合ってやる。だがもし後でハッタリが失敗したらお前とは絶交だ。あとお前の速さについていくのは今日でこりごりだ。俺は後から行く。もう絶対にお前の常識につきあわせるなよ」
よくみるとアズライトの足は微かに震えていた。これはあれだ。筋肉痛の前触れだ。どうやらテンションがあがって長く付き合わせすぎてしまったらしい。俺は頷いた。
「わかった。ありがとう。明日出発するなら傭兵ギルドによって、木の登録証をもらっていくといい。新しい人間にはみんな作ってあるはずだから。」
ギルドの人間は登録したら木の札みたいな登録証が発行される。遠出をするときの身分証である。マダムに会うときにあると話が早い。
「あとついでにギルドから東の道の草木を払っていって、それを受付嬢にいうといいぞ」
「…それはあの土をほった時みたいなものか」
「まあそうだ」
お前も登録証いるんじゃないかと言われたが、ちょっと急いでいるので武器が完成した頃についでにもらいに行くと答えた。今回は武器を作るのが目的だったので登録証は急ぎで必要ではない。だけど実際町と町との移動では便利なんだよな。住民よりは白い目で見られるけどないよりはましな身分証だ。
「じゃあな」
「ああ、またあとで」
リンクの町への分かれ道でアズライトと別れると、日はもう暗くなりかけていた。朝から移動し続けていたから少し眠気が来ているが、まだまだ急ぎたいので俺は暗い道を走り出す。
暗闇の中、身体強化をつけて走るとオイバルの町はあっという間に背中に遠ざかっていった。
「だけどなんでギルドの人間は皆あいつの言うことを信じたんだ?」
遅れて浮かび上がってきたアズライトの疑念に応えるものは誰もいなかった。




