52. 鍛冶屋の紹介状
ギルドを出た俺の足取りは軽かった。いやー、何とかうまく紹介状を手に入れられたてよかったよかった。
オイバル町の傭兵ギルドデビューとしては上場だ。
傭兵ギルドはどこも思考回路が物騒な人間が多く、どののループでお邪魔してもたいてい誰かが突っかかってくる。今回はマルクという青年だったな。顔は前に見た記憶があった。
ギルドの外で絡まれることもあるのだが、ギルドの外で起こったことは個人で対処しなければならない暗黙の決まりがあり、これは後々いろいろと面倒くさい。
だが今回は傭兵ギルドの登録前に舞台を用意してくれた。突っかかられたおかげで試合観戦という名の娯楽に満足し、他の傭兵たちにも変に絡まれずに済んだ。マルクには感謝だ。
物騒な人間たちだが、実力を認め、思考が同じとわかれば寛容な人間も多いのだ。傭兵ギルドには。受付では年齢をプラス7歳ほどサバ読み、つかう武器を未定としたところで受付嬢の白い眼で見られたが、受理に問題はなかったので仮登録は完了した。
傭兵ギルドにマダムというギルド長がおらず、代表がサムしかいない時期は今の季節だけだ。
この季節に合わせるため、村を春になって早々に出かけたのだ。その甲斐あって仮だが俺の欲しかった鍛冶屋の紹介状を手に入れることが出来た。
そうなれば次のミッションだ。武器を作ってもらいに鍛冶屋のギボンのところに行こう。
この村での一大イベントが終わり、足取りも軽くなっていた。
傭兵ギルドの用事は思ったより早めに済んだし、今から行けば今日中につきそうだから、そのまま行ってしまおう。
上機嫌のまま村の道を進んでいくと、急に後ろに体を引かれた。
見るとそれはアズライトだった。偶然道の途中で会ったかつての旧友。俺が死ぬ間際になんとか声をかけてくれようとした仲間。
つい紹介状を手に入れ気がせいでしまったが、アズライトと同じギルドにいたのを思い出した。いやでも声をかけるなと言われていたしな、今はギルドの外だからいいのか?
考えながらもアズライトの顔を見ると、心なしかアズライトの顔がこわばって見える。
どうしたのだろう。
もしやアズライトはギルドに加入できなかったとか?いや俺が入ってきたときには加入の手続きをしてるように見えたし、実力的にもそれはないか。声はかけなかったが旧友のことは気になるから見ていたとも。話しかけるのは我慢したんだしそれくらいいいだろ。
「おまえ、なんなんだよ!!」
急に肩をつかんだと思ったら、アズライトが叫んだ。
アズライトの語気には心なしか怒りを含んでいるように感じて掴まれた。肩は指がめり込んで少し痛い。しかしそれより俺はなんだか懐かしい気持ちになっていた。
そうそう、こんなかんじだったよなアズライトは。機嫌が悪いと手下は殴るは言葉は少ないはでとにかく乱暴な奴だった。思い出で美化されていた気がするが、盗賊の頭なんてたいていガラが悪い。
言葉の拙さは俺も人のことは言えないが、前回のループで付き合いは少しはわかっているつもりだ。こんな時のこいつは、たいてい自分の言いたいことがよくわかっていないことが多い。
という訳で俺は普通に返事することにした。
「なんだと言われても、さっきのギルドでいった通りだ。傭兵ギルドの紹介でしか仕事しない鍛冶屋の紹介状が欲しかったんだ」
[あ?お前傭兵になるためじゃなかったのか」
「ああ」
「なんだよそれ、お前あんな戦えんのに、欲しかったのは紹介状だけだって?」
「うん」
そう答えると掴まれていた肩の手から力が抜けた。
しばらくして顔を上げたアズライトは舌打ちして手を離した。
「もういいわ。お前にはがっかりだ。俺は傭兵で成り上がってやるからお前は勝手にしろよ」
なにやら俺に失望したらしいアズライトは踵を返し、ギルドに戻ろうとしたが、途中で止まったと思ったら、ギギギと音がしそうな速度で振り向いて足早に戻ってきた。そしてまた肩をつかまれる。今度はなんだ?
「お前のせいでギルドに戻りにくいじゃねえか!今あの中じゃさっきのお前の話題で持ち切りだ。そんな中戻ってもコネも作れねえ、タイミング逃した!クソが!」
「そうなのか」
「そうだよちくしょうめ!どうしてくれる!」
「あ、じゃあよかったら今から一緒にギボンの鍛冶屋に行かないか」
「あ?」
「武器作ってもらうから一緒に作ってもらおうぜ」
アズライトが悪態をついたので、思い付きでこれから行くところに誘ってみた。
そうだそれがいい。思い付きで言ってみたが、見たところアズライトも大きな武器は持っていないし、我ながらいい考えだ。
そういうとアズライトはまた顔を変えて思案顔になる。悩んでいるようなのでもう一押ししてみた。
「ギボンの旦那はいい鍛冶屋だぞ。気難しいのは本当だが、俺なら依頼を受けてもらえる、と思う」
「本当か?」
「ああ約束する」
今日はギルドの用事もスムーズに済んだし運がいい。この調子でギボンの依頼も頼みに行こう。
そういうとアズライトは天を仰いだ後、大きくため息をついた。
「…俺の時間を無駄にしたら承知しないからな」
「!一緒に行ってくれるのか!」
「たまたま暇だっただけだ!ええいなつくなこのチビ!」
アズライトが仲間に加わった!ギルドで声をかけるなと言われたからここでお別れかと思ったから素直に嬉しい。
つまい楽しかった道中がまた続くと言うことだ。そうと決まればさっさと行こう!
俺はアズライトの手を取って駆け出した。用事は早いに越したことはないし、さっさと行こう。スキップしたい気分だ。
「お、おいまさかまた、さっきみたいに走るのか…?勘弁してくれ…」
テンションの上がった俺の耳にアズライトの弱々しい声は届かなかった。




